クローゼットから動きやすさ重視で選んだ、上下灰色のスウェットを着て夜の外へと飛び出す。
もちろん、靴もランニングシューズで俊敏性抜群の物をチョイス。
これなら、誰かに襲われそうになってもすぐに逃げることが可能。
一つ問題点があるとすると、運動不足の私の体が私の指示に従ってくれるかどうか。
1年間引きこもり続けた私の体は、私が思っているよりも遥かに脆く、弱々しいものになっているだろう。
引きこもり続けた罰なので仕方ないが、せめて歩いただけで筋肉痛にはならないでほしい。
「お待たせ」
「それじゃ、いこっか」
私の歩幅に合わせるよう歩く彼。自分のペースで歩いたら、絶対に早いはずなのに度々横を向いては私がいるかの確認をする。
些細な優しさ。彼なら、歩かずに宙にだって浮けるはずなのに、こうして歩いてくれるのは、彼なりの優しさなのかもしれない。
私たちが限りある生命の中、恋人同士だった日々を彷彿させるための。
以前は繋がれた右手。それが、今は目的もなく迷子の子供のように宙を彷徨い続けるだけ。
元から私たちは繋がっていなかったかのような虚無感だけが残る。
「どうした陽奈」
「ううん、なんでもないよ」
行き場を失った右腕を彼から見えない位置へと隠す。
(寒いな。久しぶりだ。手が冷えるのは)
「寒いな」
「うん」
「昔はよく寒い時は、2人で手を繋いで歩いてたよな」
私の考えていたことが伝わったのだろうか。それとも、彼も私と同じく感傷的な気持ちに陥ってしまったのか。
何より、隆ちゃんが数ある日常の出来事の一つを覚えていてくれたのが嬉しかった。
時間と共に薄れゆく記憶にまだ残り続けている思い出。
「・・・そうだね」
涙が落ちそうになるのを堪える。悴む指で何度も目を擦りながら。
「懐かしいな。陽菜の手、小さいのに不思議なくらい温かくて、安心するんだよな。僕の方が手は大きいのにさ」
「そうだったんだ。私も隆ちゃんの手握ると安心してたよ」
私たちの会話が全て過去形なのが、無性に寂しい。当然なのはわかってはいるが、言葉にすると切なさが波のように押し寄せてくる。
もう2度と繋ぐことはできないのだと認識させられるみたいに。
「ねぇ、陽菜」
「ん?」
「手繋ごっか」
「うん」
それ以上の言葉は必要なかった。互いが理解し合い、手を差し出す。
徐々に近づく2人の手。ピタッと重なり合うも温もりは感じられない。でも、私の目には見えている。
2人の手が固く結ばれているのが。1年前の付き合っていた頃と同じように。
「温かいな」
「うん! 懐かしい温かさだよ」
ずっとこうして君と手を繋いでいたいよ。成人しても、結婚して子供ができても、この命が尽きる最後の日まで隣で手を握っていてほしいのに。
絶対に叶わないものになってしまった。
きっと私だけではなく、彼も今それを感じたのだろう。
私たちが思い描く未来は存在しないのだと改めて...
道端に設置された自動販売機の明かりが眩しい。温かい飲み物の赤いタグが徐々に青いタグに侵食され始めている。
あと1、2ヶ月もすると半分以上が青い色のタグが占めることになるだろう。
もう冬は過ぎ去ってしまったが、私は冬に飲むホットレモンが好きだった。酸っぱいようで甘い、青春を描いたような飲み物。
既に自販機からは撤去されてしまったのか、探してみても見つからない。
久しぶりに外に出たせいか、自販機の光ですら目が慣れない。今、1番私の目に優しい光といえば、歩道を照らす消えかかりそうな街灯の光くらい。
命が消えてしまうかのように細々と消えたり、付いたりを繰り返している街灯は、なぜだか私と同じように見えてしまった。
「何か見つけた?」
横から顔を覗き込んでくるのを冷静に見つめ返す。
「なんでもないよ。それよりさ・・・」
「うん」
「私の寿命って残り僅かなの?」
私の解き放った一言は、氷よりも冷たくその場の温かい空気を一瞬で無に返してしまう破壊力だった。
まるで、過ぎ去った冬が再来したかのように。
もちろん、靴もランニングシューズで俊敏性抜群の物をチョイス。
これなら、誰かに襲われそうになってもすぐに逃げることが可能。
一つ問題点があるとすると、運動不足の私の体が私の指示に従ってくれるかどうか。
1年間引きこもり続けた私の体は、私が思っているよりも遥かに脆く、弱々しいものになっているだろう。
引きこもり続けた罰なので仕方ないが、せめて歩いただけで筋肉痛にはならないでほしい。
「お待たせ」
「それじゃ、いこっか」
私の歩幅に合わせるよう歩く彼。自分のペースで歩いたら、絶対に早いはずなのに度々横を向いては私がいるかの確認をする。
些細な優しさ。彼なら、歩かずに宙にだって浮けるはずなのに、こうして歩いてくれるのは、彼なりの優しさなのかもしれない。
私たちが限りある生命の中、恋人同士だった日々を彷彿させるための。
以前は繋がれた右手。それが、今は目的もなく迷子の子供のように宙を彷徨い続けるだけ。
元から私たちは繋がっていなかったかのような虚無感だけが残る。
「どうした陽奈」
「ううん、なんでもないよ」
行き場を失った右腕を彼から見えない位置へと隠す。
(寒いな。久しぶりだ。手が冷えるのは)
「寒いな」
「うん」
「昔はよく寒い時は、2人で手を繋いで歩いてたよな」
私の考えていたことが伝わったのだろうか。それとも、彼も私と同じく感傷的な気持ちに陥ってしまったのか。
何より、隆ちゃんが数ある日常の出来事の一つを覚えていてくれたのが嬉しかった。
時間と共に薄れゆく記憶にまだ残り続けている思い出。
「・・・そうだね」
涙が落ちそうになるのを堪える。悴む指で何度も目を擦りながら。
「懐かしいな。陽菜の手、小さいのに不思議なくらい温かくて、安心するんだよな。僕の方が手は大きいのにさ」
「そうだったんだ。私も隆ちゃんの手握ると安心してたよ」
私たちの会話が全て過去形なのが、無性に寂しい。当然なのはわかってはいるが、言葉にすると切なさが波のように押し寄せてくる。
もう2度と繋ぐことはできないのだと認識させられるみたいに。
「ねぇ、陽菜」
「ん?」
「手繋ごっか」
「うん」
それ以上の言葉は必要なかった。互いが理解し合い、手を差し出す。
徐々に近づく2人の手。ピタッと重なり合うも温もりは感じられない。でも、私の目には見えている。
2人の手が固く結ばれているのが。1年前の付き合っていた頃と同じように。
「温かいな」
「うん! 懐かしい温かさだよ」
ずっとこうして君と手を繋いでいたいよ。成人しても、結婚して子供ができても、この命が尽きる最後の日まで隣で手を握っていてほしいのに。
絶対に叶わないものになってしまった。
きっと私だけではなく、彼も今それを感じたのだろう。
私たちが思い描く未来は存在しないのだと改めて...
道端に設置された自動販売機の明かりが眩しい。温かい飲み物の赤いタグが徐々に青いタグに侵食され始めている。
あと1、2ヶ月もすると半分以上が青い色のタグが占めることになるだろう。
もう冬は過ぎ去ってしまったが、私は冬に飲むホットレモンが好きだった。酸っぱいようで甘い、青春を描いたような飲み物。
既に自販機からは撤去されてしまったのか、探してみても見つからない。
久しぶりに外に出たせいか、自販機の光ですら目が慣れない。今、1番私の目に優しい光といえば、歩道を照らす消えかかりそうな街灯の光くらい。
命が消えてしまうかのように細々と消えたり、付いたりを繰り返している街灯は、なぜだか私と同じように見えてしまった。
「何か見つけた?」
横から顔を覗き込んでくるのを冷静に見つめ返す。
「なんでもないよ。それよりさ・・・」
「うん」
「私の寿命って残り僅かなの?」
私の解き放った一言は、氷よりも冷たくその場の温かい空気を一瞬で無に返してしまう破壊力だった。
まるで、過ぎ去った冬が再来したかのように。