「――あっぶな」


痛みはやってこなかった。

おそろおそるまぶたを開けて、目に飛び込んできたのは黒山先輩の焦った顔。


さすがの運動神経に、思わず息を呑んだ。

塀に盛大につっこもうとしたわたしを、黒山先輩が止め、支えてくれたのだ。



「た、助かった……」

「俺がいてよかったな」


にぱ、と笑う黒山先輩の笑顔が、月光に照らされてさらに輝いて見えた。


本当にヒーローみたいだな。

その姿が、忘れかけていた相原先輩と重なって、思わず涙があふれる。


「……ありがとうございます」

急に泣き出したわたしを見て、黒山先輩が心配そうにわたしの顔を覗き込んだ。


「どうした? え、どっか怪我した?」

「……違うんです」

「そう?」


ならよかった、と黒山先輩。ごめんなさい、と謝るわたし。