「……黒井、先輩?」

「あ、俺黒山」

「うわ、すみません。ごめんなさい」


まあいいけど、と笑うのは、相原先輩と同じバレー部の、黒井――ではなく、黒山先輩だ。

よく相原先輩の隣にいる、優しそうなひと。話したことはない。


学年も出身中学も違うから関わりはないはずだ。だから、名前を覚えられているとは意外だった。


「それより、こんな時間に一人でなにしてたわけ?」

危ないだろ、とこぼす黒山先輩が、わたしの顔を見て目を見開いた。

どうしたんだろう、と首をかしげると、黒山先輩が遠慮気味に口を開いた。


「……もしかして、泣いてた、とか?」

「あー、えっと、寝てて、起きました」

さすがに無理がある。

「ブランコで?」

ほらね。

「うそです。泣いてました」

「……ごめん。話しかけないほうがよかったな」

そう言って頭をかく黒山先輩に、「ううん、ありがとうございます」と笑みを見せる。

「わたしのほうこそごめんなさい、変なところ見せちゃって」

へらりと笑いながら、「泣いてるの見られるとか、なにやってんだわたし」、と心のなかでつぶやく。

黒山先輩は、わたしの顔を見て、時計を見て、もう一度わたしを見た。

なんだろう、と少し身構える。


「……隣、いい?」

「あ、はい、どうぞ」


黒川先輩は隣のブランコに足をおき、立ち上がって、勢いよくこぎはじめた。

大きく揺れる。
さすがは運動部だ。


「隣いい?」と聞かれたときは、なんで泣いていたのとか、詮索されるのかと思っていたから、少し気が抜けた。


隣ではしゃぐ先輩は、とても楽しそうに見える。

しばらく漕いでいた黒山先輩が、ふと漕ぐのを止め、こちらを見た。

ゆっくり揺られながら、わたしに笑いかける。


「春川ちゃんもやんなよ」

「……え」

「意外と楽しいよ、これ」

「や、わたしはいいです」

「――そんなこといわずにさ!」


「わ!」と思わず声が出る。黒山先輩がわたしの手を取ったのだ。

バランスを崩しそうになって、あわてて鎖をつかむ。


「どっちが高くこげるか勝負な」

「……ちょっとだけですよ」



ちょっとだけふっきれた。



ブランコを揺らしながらふと思う。

ブランコで遊ぶなんて、いつ以来だろう。

実際ブランコをこいでみると、夜風が体にあたって気持ちがよかった。


「な、意外といいだろ」

「ひさしぶりにやると、楽しいです」

「だろ。それに、暗い気持ちも全部ふっとぶ!」


わたしを誘ったのはそういうことかとうなずいていると、黒山先輩はいきなり、ブランコから大きくジャンプして、飛び降りた。

よくあんなに飛ぶなぁ、と思わず感心した。


よし、わたしも! と鎖から手を離して飛ぶけれど、運動音痴なわたしがうまく着地できるわけもなく。


ブランコの塀が目の前にあった。



――あ、これ、多分痛いやつ……。

思わず目をつむって、やがて来る痛みに備える。