わたしは立ち止まった。
「あ、ここ、わたしの家です」
今は暗くて見えないけれど、青い屋根の一軒家。
「……え、ここなの?」
黒山先輩が目を丸くして指をさす。
「そうです。あの、今更ですけど、ありがとうございました」
「いや、俺は別に何も」
「先輩があの公園にいてよかったです」
ありがとうございました、ともう一度言い、かるく頭を下げる。
顔を上げると、先輩がバツの悪そうな顔をしていた。
「……実は、公園にいたの、俺だけじゃないんだ」
「ええと、どういうことですか?」
「他のバレー部員もいた。あ、公園の外だけど」
知ってます。声、聞こえたから。
そう返す前に、黒山先輩が先に口を開く。
次の黒山先輩の言葉に、わたしは絶句した。
「そこに、相原もいたんだけど……」
――あの公園に、相原先輩がいた?
「……黒山先輩は、なんで来てくれたんですか? しかも、ひとりで」
わたしの言葉に、黒山先輩は遠慮気味に眉を下げて、申し訳無さそうな顔をした。
「……実は、ブランコに座ってる春川ちゃんを見つけて、俺に声掛けてこいって言ったのは相原のほうなんだ。俺は、頼まれて声をかけただけ」
わたしはひゅっと息を呑んだ。
「あいつに言われるまで、俺は春川ちゃんの名前も知らなかったし、春川ちゃんのことも、顔見たことあるなーくらいで、ぜんぜん記憶になかったんだ」
だからまあ、ある意味俺もうそつきだったな、と黒山先輩は言う。
「……待ってください」
わたしを見つけたのは相原先輩。
黒山先輩が来たことも、相原先輩の計らい。
わたしのことを覚えていたのも相原先輩。
そういうことなの?
つまり、この話が本当なら――。
「それって、相原先輩はわたしのこと、覚えて……」
しかも、なぜだかわたしのことを気遣って、考えてくれている。
「覚えてる」
優しい声で、はっきりと黒山先輩が断言した。
「……っ」
――なにそれ。なにそれなんなのそれ。
相原先輩がわからない。
それならなんで、『俺、あの人知らないし』なんて言ったんだ。
わたしの考えていることを察したのか、「あいつ、不器用なんだよな」、と、黒山先輩が頭をかいた。
「フッたはいいけど、どうすればいいかわからなかった。だから、あんなこと言って、諦めさせようとしたんだと思う」
あくまで俺の予想だけど、と黒山先輩がつけたす。
「……黒山先輩は、どうして教えてくれたんですか」
わたしの問いに、黒山先輩は当たり前のように答えた。
「春川ちゃんが、諦めたくないって言ったから」
わたしは最初、諦めようとしていたのに。
わたしが諦めないと言えたのは、紛れもなく黒山先輩のおかげだというのに。
もし相原先輩がわたしに気が付かなかったら。もし黒山先輩が公園に来なかったら。
わたしは恋を消してしまったかもしれないのに。
「……まったく、黒山先輩も相原先輩も、お人好しすぎますよ」
「おれも相原も、お人好しで優しーの。二年見てきたんだから知ってただろ」
「そうですね」
顔を見合って、ふたりで笑った。
もう涙なんて出ない。
「じゃあ、またな。おやすみ」
黒山先輩が背を向けた。
月明かりに照らされる、ずっと追いかけてきた――ううん、これからだって追いかける、真っ赤なユニフォーム。
「おやすみなさい。ありがとうございました!」
わたしも、玄関のドアのぶを回した。