「なんか俺、深夜テンションで」
黒山先輩が頭をかいた。きれいな茶色い髪が、乱される。
「変なこと言うかもだけどさ」
はい、とうなずいた。
もうじゅうぶん変なこと言ってるじゃないですか。
とは言わず、その言葉は心の奥にしまっておいた。
「――地球ってさ、70億人くらい人間いるわけじゃん」
「……? はい」
また唐突。
ほんとうに変なことを言った。
先輩は聞き上手だけれど、わたしと同じで話し下手でもあるのかもしれない、と思った。
黒山先輩は話を続けた。
「でさ、顔には目がふたつあって、その下に鼻があって、口があるじゃん。それはみんな同じ」
わたしは「そうですね」とうなずきながら、なんて当たり前のことを言っているんだろうと思った。
やっぱり、黒川先輩は眠くて頭が回っていないのかもしれない。
「でも、同じ顔の人なんていない。70億人、みんなそれぞれ違う顔してんの」
「……たしかに?」
だからさ、と黒山先輩はわたしを見た。
「相原の元カノが春川ちゃんよりもかわいかったとしても――」
「ちょっとまってください。それ、気にしてるのでけっこう傷つきます」
思わずムッとして、わたしは黒山先輩の言葉を遮った。
わたしは聞き上手にはなれないなと、自分で思った。
ごめんって、と黒山先輩は反省の色なんていっさい見せず、笑う。
笑い事じゃないってば、と胸の内で文句を言った。
頬を膨らますわたしの頭に、ぽんっと黒山先輩は手を置いた。
なんだ、という念をこめて、わたしは黒山先輩を見上げる。
「春川ちゃんは、春川ちゃんにしかないものを持ってる。だから、誰かと比べなくて良いってこと」
その言葉を聞くと、心の中の重荷が軽くなったというか、なんだか不思議な感じがした。
「つまり、春川ちゃんは、笑った顔も、楽しそうなとか、泣いてる顔もかわ――」
「……やっぱり口説いてますよね」
わたしが先輩の言葉を止めると、黒川先輩は「ばれたか」といじわるな顔をして笑った。
そしてまた、真剣な表情に戻った。
「俺、恋愛は諦めるべき、とか、そういうのないと思う。そりゃ、諦めたいなら諦めていいとは思うけど」
だけど、わたしはそうじゃないから。
だから黒山先輩はわたしにお人好しだったのだ。
すうっと息を吸った。ほんとうのことを言った。
「わたし、諦めたくないです」
黒山先輩は「それが聞きたかった」と、嬉しそうに言った。
そして、真剣な表情になったわたしを見る。
「あいつはね、うそをついてるよ」
「へ? ……あいつって、相原先輩? うそって、わたしにですか?」
「まあ、だいたいそんな感じ」
黒山先輩は、言った。
――俺も春川ちゃんのうそを許してあげるからさ、あいつのうそも許してやってくれよ。
何の話だ? と思う。
”うそ”なんて言っても、わたしはそもそも相原先輩と会話なんてぜんぜんしていないのに。
でも、これだけは言える。
「わたしが、相原先輩のこと許さないと思うんですか?」
「いや、思わないかも」
「じゃあ言わないでくださいよ」
おかしくて、思わず笑みがこぼれる。つられたように先輩も笑った。