君という夢を描いて

大学2年生になったばかりの春。たまたま通りかかった、大学近くのドーナツショップの入口で売り子をしていた彼女。


「桜ヶ丘(さくらがおか)」というネームプレートをエプロンの左胸付近につけ、溌剌(はつらつ)とした声でセールを呼びかけている。
その笑顔があまりにも眩しくて、俺は思わず足を止めた。

油臭い画材まみれの服さえ着ていなければ即入店したのに、と日頃の身なりを恨めしく思ったのもこのときが初めてだった。

「ただいま全品10%OFFでーす!」

店頭に立ち並んだドーナツを買い求める客の行列が、次第に長くなる。
期間限定メニューとやらも完売御礼の札が貼られており、それ目当てで来たであろう女子大生っぽい二人組が残念そうに肩を落としながら他のドーナツを選ぶ姿も見えた。

実をいうと、俺は甘いものがそんなに好きではない。もしここで彼女を見かけなければ、この店は俺の視界にすら入らなかっただろう。
それにしても……。

「ありがとうございました! あ、期間限定メニュー全品完売です! すみませんねえ。今あるやつでおすすめは、もちもちドーナツシリーズの……」

元気がいいな。


本来、俺は声の大きい女の子は苦手だった。でも、彼女は違った。

このやや高めの溌剌とした声が、何故か心地よかった。
まるで歌を歌っているような。
包みこまれるような。

麗日(うららか)な日和、気候。春爛漫とした季節をより引き立たせるような、あたたかな空気感。
可愛らしさと、芯の強さ。
晴れ渡る空にひらひらと舞う桜の花弁――その情景が瞼を閉じていても浮かぶような。
インスピレーションのようなものを感じさせる不思議な声に、その瞬間から俺はすっかり魅了されてしまっていたのかもしれない、と今になって思う。

俺の絵筆が水を得た魚のように踊り始め、真っ白だったキャンバスがたちまち色づいたのも、その頃からだった。

俺は、彼女に恋をした。


一目惚れだった。