「一花、そろそろ行くよ」
「はーい」
洗面所の鏡の前で髪の毛をまとめながら、部屋の外にいる母に返事をした。後ろで1つに結び、前髪をピンで留めて洗面所を後にする。
8月上旬。月曜日の午前7時。
今日は待ちに待った、曾祖母の家に行く日なのだ。
「お、来た来た」
「遅いぞ姉ちゃん」
玄関に向かうと、なぜかシャツ姿の父とパジャマ姿の楓がいた。よく見たら、口がモゴモゴ動いている。
「忘れ物はないか? 手土産は持ったか?」
「大丈夫。さっきリュックに入れた」
「お土産買ってくるのも忘れんなよ! てか覚えてる?」
「覚えてるって。お菓子でしょ?」
執拗に何度も確認する2人。
そこまで言わなくても、ちゃんと全部持ったし、お土産も写真つきでメモしてるって。
なんて呆れながらも、食事を中断してまで来てくれたことに、内心少し嬉しく思ってたりする。
「いってきまーす」
心配性な2人に見送られながら家を出た。キャリーバッグを車に乗せ、駅へ向かう。
中学の修学旅行ぶりに乗る新幹線。当時は同級生や先生と一緒だったけど、今日は1人。期間も7泊8日で過去最長。
初めてのことばかりだから、ちょっと緊張する。
ドキドキしていると目的地が見えてきた。入口の近くに停車し、キャリーバッグを運び出す。
「じゃ、気をつけてね。着いたら連絡するのよ?」
「はーい。いってきます」
最終確認を終えて母と別れ、いよいよ駅の中へ。
思っていたよりもお客さんはそこまでおらず、待合室のソファーも空席が目立っていた。
通勤する人が大勢いるのかなと思ったけど、まだ時間が早いからあまりいないのか。
切符は既に購入済み。特に寄るところもないので、早速入場することに。
電光掲示板をスマホのカメラで撮影し、切符を掲示板と照らし合わせて再度チェックした。改札口を抜けてエスカレーターに乗る。
「7時35分発、2番乗り場……よしっ、合ってる」
最後に、撮った写真と切符を照らし合わせた。
普段はここまでしないんだけど、今日は何もかもが初めて。多少面倒くさくても、念には念を入れて慎重にいこう。
しばらくすると、アナウンスが流れて新幹線がやってきた。自由席号車を確認して乗り込む。
「ふぅ、乗れたぁー」
座席に腰を下ろし、小さく安堵の声を漏らした。
第一関門を突破したら、ホッとしてなんだか眠くなってきた。今日は6時に起きたし……。でもダメ。寝過ごしたらみんなに心配かけちゃう。
閉じかけた目をカッと開け、リュックサックから宿題を取り出す。
長旅だからこそ、隙間時間を有効活用しないとね。
降車駅に着くまで休憩も入れず、英語の宿題に没頭したのだった。
◇
2時間後、降りる駅に到着した。時刻は9時40分を過ぎたところ。
待合室で水分補給をし、少し休憩した後、外に出た。
「うわっ」
自動ドアが開いた途端、蒸し暑い風が頬を撫でた。顔をしかめて日向に出ると、今度は強烈な日射しが降りそそぎ、さらに顔をしかめる。
雲が見当たらない快晴。花壇の近くにある気温計には31度と表示されている。
洗濯物を乾かすのには最適なお天気なのだろうけど……暑すぎる。
これからの気温上昇に軽く絶望しつつ、屋根の下に移動した。手持ち扇風機で熱を冷ましながら時間を確認する。
伯母さんが迎えに来るのは10時。こういう時に限って、時間が経つのって遅く感じるから不思議だよね。あと3分。お願い、早く来て。
そう願った数十秒後、1台の軽自動車が近づいてきた。あの背の高い茶色の車は見覚えがある。
「一花ちゃん! 久しぶり!」
「お久しぶりですっ」
目の前で車が停まり、ドアが開いて伯母が出てきた。
お父さんより2つ年上の香織おばさん。
ほとんど記憶にない従兄弟達と比べて顔も車も覚えていたのは、おばさんの旦那さんの実家が私の地元にあるから。帰省のついでに時々顔を見せに来ていたからなんだ。
「あー、これは後ろに入れたほうがいいかな。智、ちょっと手伝って」
「はーい」
すると、助手席から同い年くらいの男の子が下りてきた。
智……この名前も聞いたことがあるぞ。
『一花、これあげるよ』
『え? なあに? ……ぎゃあああ!』
思い出した……!
「あんた……っ! 小学生の頃、私にセミ渡してきたでしょ!」
せっせと運ぶ彼に向かって大声で指を差した。薄れていた嫌な記憶が鮮明に甦る。
そう、あれは小学校2年生の時。今日みたいに日射しが強い夕方。
突然白い箱を渡してきて、ワクワクしながら開けてみたら、でっかいセミが入っていたのだ。
「はーい」
洗面所の鏡の前で髪の毛をまとめながら、部屋の外にいる母に返事をした。後ろで1つに結び、前髪をピンで留めて洗面所を後にする。
8月上旬。月曜日の午前7時。
今日は待ちに待った、曾祖母の家に行く日なのだ。
「お、来た来た」
「遅いぞ姉ちゃん」
玄関に向かうと、なぜかシャツ姿の父とパジャマ姿の楓がいた。よく見たら、口がモゴモゴ動いている。
「忘れ物はないか? 手土産は持ったか?」
「大丈夫。さっきリュックに入れた」
「お土産買ってくるのも忘れんなよ! てか覚えてる?」
「覚えてるって。お菓子でしょ?」
執拗に何度も確認する2人。
そこまで言わなくても、ちゃんと全部持ったし、お土産も写真つきでメモしてるって。
なんて呆れながらも、食事を中断してまで来てくれたことに、内心少し嬉しく思ってたりする。
「いってきまーす」
心配性な2人に見送られながら家を出た。キャリーバッグを車に乗せ、駅へ向かう。
中学の修学旅行ぶりに乗る新幹線。当時は同級生や先生と一緒だったけど、今日は1人。期間も7泊8日で過去最長。
初めてのことばかりだから、ちょっと緊張する。
ドキドキしていると目的地が見えてきた。入口の近くに停車し、キャリーバッグを運び出す。
「じゃ、気をつけてね。着いたら連絡するのよ?」
「はーい。いってきます」
最終確認を終えて母と別れ、いよいよ駅の中へ。
思っていたよりもお客さんはそこまでおらず、待合室のソファーも空席が目立っていた。
通勤する人が大勢いるのかなと思ったけど、まだ時間が早いからあまりいないのか。
切符は既に購入済み。特に寄るところもないので、早速入場することに。
電光掲示板をスマホのカメラで撮影し、切符を掲示板と照らし合わせて再度チェックした。改札口を抜けてエスカレーターに乗る。
「7時35分発、2番乗り場……よしっ、合ってる」
最後に、撮った写真と切符を照らし合わせた。
普段はここまでしないんだけど、今日は何もかもが初めて。多少面倒くさくても、念には念を入れて慎重にいこう。
しばらくすると、アナウンスが流れて新幹線がやってきた。自由席号車を確認して乗り込む。
「ふぅ、乗れたぁー」
座席に腰を下ろし、小さく安堵の声を漏らした。
第一関門を突破したら、ホッとしてなんだか眠くなってきた。今日は6時に起きたし……。でもダメ。寝過ごしたらみんなに心配かけちゃう。
閉じかけた目をカッと開け、リュックサックから宿題を取り出す。
長旅だからこそ、隙間時間を有効活用しないとね。
降車駅に着くまで休憩も入れず、英語の宿題に没頭したのだった。
◇
2時間後、降りる駅に到着した。時刻は9時40分を過ぎたところ。
待合室で水分補給をし、少し休憩した後、外に出た。
「うわっ」
自動ドアが開いた途端、蒸し暑い風が頬を撫でた。顔をしかめて日向に出ると、今度は強烈な日射しが降りそそぎ、さらに顔をしかめる。
雲が見当たらない快晴。花壇の近くにある気温計には31度と表示されている。
洗濯物を乾かすのには最適なお天気なのだろうけど……暑すぎる。
これからの気温上昇に軽く絶望しつつ、屋根の下に移動した。手持ち扇風機で熱を冷ましながら時間を確認する。
伯母さんが迎えに来るのは10時。こういう時に限って、時間が経つのって遅く感じるから不思議だよね。あと3分。お願い、早く来て。
そう願った数十秒後、1台の軽自動車が近づいてきた。あの背の高い茶色の車は見覚えがある。
「一花ちゃん! 久しぶり!」
「お久しぶりですっ」
目の前で車が停まり、ドアが開いて伯母が出てきた。
お父さんより2つ年上の香織おばさん。
ほとんど記憶にない従兄弟達と比べて顔も車も覚えていたのは、おばさんの旦那さんの実家が私の地元にあるから。帰省のついでに時々顔を見せに来ていたからなんだ。
「あー、これは後ろに入れたほうがいいかな。智、ちょっと手伝って」
「はーい」
すると、助手席から同い年くらいの男の子が下りてきた。
智……この名前も聞いたことがあるぞ。
『一花、これあげるよ』
『え? なあに? ……ぎゃあああ!』
思い出した……!
「あんた……っ! 小学生の頃、私にセミ渡してきたでしょ!」
せっせと運ぶ彼に向かって大声で指を差した。薄れていた嫌な記憶が鮮明に甦る。
そう、あれは小学校2年生の時。今日みたいに日射しが強い夕方。
突然白い箱を渡してきて、ワクワクしながら開けてみたら、でっかいセミが入っていたのだ。