数分休憩した後、散らかった机の上を片づけて、教科書とノートを棚に戻す。

 作戦は、得意教科や量が少ないものから先にやる。

 最初は全部同時進行の予定だったんだけど、苦手なものは時間を費やすと考えて、他の宿題を終わらせたほうが集中して取り組めると思ったんだ。

 再考した計画、吉と出るか凶と出るか。

「さてと、塗りますか」

 引き出しを開けて無地のノートと色鉛筆を取り出し、線画に色をつけていく。

 急遽追加された絵日記の宿題。別に、日記を書くことも絵を描くことも嫌いではない。むしろ、絵を描くのは趣味だから好きなほう。

 かわちゃんからすると、いきなり出したことに腹を立てたと思われただろうけど……実は他にも理由があるんだ。

「一花! ちょっと来て!」
「はーい」

 まぁ、それは後々分かるとして。気分転換も兼ねて野菜でも切りますか。

 切りのいいところで中断し、1階に下りて母と一緒に夕食の準備をした。


「はぁ……疲れた……」

 お腹を満たして再び宿題に取り組むこと3時間。数学の教科書を閉じて溜め息をついた。

 ややこしい問題が何個か出てきて、珍しく手こずってしまった。

 なんとか時間内に終わったけど、頭を使いすぎてもう瞼が限界。でも、お風呂も日記も絵もまだだから踏ん張らないと。

 とりあえず、眠気を紛らわすためにスマホを見ることに。

「うわっ」

 電源ボタンを押すと、画面に大量の通知が表示された。

 いつもはこんなに来ることないのに……みんなどうしたんだろう。

 スクロールし、最初に来た通知を確認する。

【一花ー! 久しぶりー! 元気ー?】

 全文が表示された途端、ふふっと笑みが漏れた。

 連絡をくれたのは、中学時代の同級生、寧々ちゃん。クラスも部活も3年間一緒だった親交の深い友人の1人である。

【そっちももう夏休み入ったよね? 来月空いてたら会おうよ!】

 そのすぐ下に綴られた文を見て、卓上カレンダーに視線を移す。

 勉強量を減らした休息日は数日設けてはいる。けど、こんなやつれた顔で会うのはなぁ……。寧々ちゃん優しいから、「疲れてたのにごめんね」って謝ってきそうだし、逆に心配されそう。でも、卒業して初めてのお誘いだし……。

 数分間考えた結果、電話ならできるかもという答えにたどり着いた。返信して次の通知をチェックする。

【友達とプール♪】

 ポップな文とプールサイドに座る女の子の写真が出てきた。背を向けていて顔は見えないが、仲睦まじそうな雰囲気が漂っている。

 この子は2年生の時のクラスメイトだったっけ。あまり話したことはなかったけど、彼女の近くを通る度、いつもいい匂いがしてたのは覚えてる。

 いいなぁ、楽しそう。

【家族全員でキャンプ!】
【イツメン4人でお泊りパーティ☆】
【部活終わりの焼き鳥最高っっ!】

 ネットサーフィンをするように、そのまま他の同級生達の投稿も見ていく。

 みんな夏休み満喫してるなぁ。あぁ、焼き鳥美味しそう。食べたい。

 ドアップで撮られた焼き鳥の写真にいいねボタンを押して、最後の通知をタップした。

「……」

 ゴツゴツした手と華奢な手が合わさって作られた大きなハートの写真。その下には、【3ヶ月記念日♡】とシンプルな文章が。

 リア充め……こっちは大量の宿題で心身ともにぐったりしてるというのに……っ!

 行き場のない怒りを拳に込めて、ドンドンドンと机を叩く。

 私だって……私だって本当は遊びたい。
 友達と一緒にご飯食べたり、家族で旅行したり。恋愛もしたいし、好きな人を作って2人で出かけたい。

「もうやだ……っ、帰りたい」

 強く叩いたのと同時に弱音がこぼれた。

 私、何言ってるんだろう。ここ自分の家なのに。一体どこに帰るんだよ。疲れすぎて頭おかしくなっちゃったのかな。

「姉ちゃんうるさい!」

 再度叩こうと拳を上げた瞬間、隣の部屋から怒鳴る声が聞こえた。

 いけない、感情任せに暴走してしまった。

 彼女には悪いけど……今の私は、いいねをつける心の余裕がない。

 ごめんね。でも、長続きするよう応援してるよ。

「お幸せに」と呟いて彼女のアカウントから離れ、別のアカウントへ移動する。

 燃えたぎる嫉妬の炎は、推しの力で鎮めるのが1番だ。

 訪れたのは、海のアイコンが特徴のフウトさんのアカウント。

 色鉛筆画と水彩画を得意とする絵描きさんで、週に数回SNSに絵を載せている。一般人だけど、フォロワー5万人を超えるインフルエンサーなんだ。

 画面をスクロールし、過去の投稿を眺めながら回想する。

 彼を知ったきっかけは2年前の夏。家族で行ったキャンプで撮った夜空の写真をSNSにあげたのが始まり。

 同級生達がテンション高めで反応する中、【綺麗ですね。三日月ですか?】と丁寧なコメントが来て……それがフウトさんだった。