「進学校って言ったっけ。偏差値いくつなの?」
「70。地元では1番なんだって」
「1番⁉ すごっ! 成績ってどのくらい?」
「……学年10位だから、そこそこ」
数秒の沈黙を挟んで答えると、さらに瞳を輝かせた。成績が中の上の彼からしたら、上の上の私が羨ましいそうだ。
「めちゃめちゃ勉強頑張ったんだね、本当すごいよ」
「いやいや。私は部活やってなくてこれだから。部活と両立しながら上位保ってる人に比べたら全然。別の学校に行けば良かったかなって思ってる」
天才、優秀、将来安泰、人生勝ち組。
これらは全て、私が進学校に通っていると知った人達が最初に口にした感想。
言われて嬉しいと感じるかは人それぞれだけど……正直、最後の言葉は全く心に響かない。むしろ腹が立つ。
勝ち組? どこが? 毎日勉強ばかりで身も心もクタクタで、しまいには家にいるのに『帰りたい』と呟いた。こんな精神状態のどこが勝ってるの?
あぁ、本当嫌になる。ひねくれて捉えてしまう自分が、余裕がなさすぎる自分がどんどん嫌になる。
「っ、ごめん。頑張ったんだねって褒めてくれたのに……」
「いや、俺こそ。大変だって話聞いたのに、自分勝手にペラペラ話してごめんね」
羨望の眼差しが謝罪の眼差しに変わった。
違うよ凪くん。謝るのは私。褒め言葉を受け取らず、謙遜どころか自己卑下で返した私のほうだよ。
「別の学校って、私立のこと?」
「うん。今の学校の近くにあって、友達がそこに通ってるの」
希望していたもう1校は、校内施設が充実した部活動が盛んな学校。偏差値は平均的で、地元の私立高校の中では1番人気があると言われている。
今の学校に落ちてたらそこに行って、寧々ちゃんと一緒に部活に入るつもりだった。
「本当はそっちに行きたかったんだけど、『勉強できるなら少しでも上を目指したほうがいい。将来の可能性も広がるから』って、強く勧められたんだ」
合格発表があった日の夜、リビングで家族会議が行われた。
母は『好きなほうを選んでいいんだよ』と言ってくれたけど……。
『いくら才能があっても、放置していたら宝の持ち腐れ』
『ダイヤモンドの原石を見つけても、磨かなければただの石。輝きを放つこともできない』
『落ちた人も大勢いる中で合格したのなら、そのチャンスを掴むべきだ』
父だけは、進学校に行くことを強く勧めていて……。
「それで、諦めちゃったの?」
「うん。学校が別でも、地元にいるならいつでも会えるしと思って。でも……ちょっとナメてたんだよね」
幼い頃から勉強も運動も卒なくこなせていたのもあり、高校でも上手くやれるだろうと呑気に構えていた。
しかし、それも最初の1週間だけ。授業が始まった途端、出鼻をくじかれた。
宿題はもちろん、小テストは毎日。授業も進むのが速く、復習しないと着いていくのが大変。
幸い赤点は回避できているものの……夏休みの宿題を毎年最終日までやるはめになるくらい、計画を立てるのがとにかく苦手で。最初の1ヶ月は、趣味が手につかなくなるほど、毎日が目まぐるしかった。
「凪くんは計画立てるの得意?」
「うーん、一応立てるけど、完璧に進んだことはあまりないなぁ。計画性ある人って憧れるよね。時間の使い方上手そうだし、仕事もプライベートも充実してそうだし」
指を折りながら利点を数える凪くん。
仕事かぁ……。
「一花ちゃんは将来これしたいなとか、夢や目標ってあるの?」
「うっ」
のどから小さく呻くような声が出た。
どうしてそうピンポイントで突っ込むんだ。昨日も似たようなことあったよね? 読心術習ってるんですか⁉
「……うん。一応」
「そうなんだ。俺は水に関する仕事と、絵に関する仕事。昔からコロコロ変わってたけど、系統は一貫してるんだよね」
尋ねてもないのに自分の夢を語り始めた。
ううっ、そんな堂々と言われたら、私まで話さなきゃいけない空気になるじゃないか。
「一花ちゃんは?」
「……笑わないで聞いてくれる?」
「もちろん。聞かせて」
彼の瞳が真っ直ぐ私を見据える。
吸い込まれそうな真剣な眼差し。だけど、圧迫感はなく、不思議と「この人なら大丈夫」と確信している自分がいる。
もしかしたら、さっき涙腺が崩壊したのは、内から滲み出る優しさに安心感を覚えたからなのかもしれない。
「私……海が見える場所で、レストランを開業するのが夢なの」
両親にも担任の先生にも、友達にも、誰にも言えなかった夢。
長年心の奥にしまい込んでいた夢を、今、初めて人に打ち明けた。
「それは、料理が好きだから?」
「うん。物心つく頃から、食べ物に関する仕事がしたいって思ってて。あと、そこで自分が描いた絵を飾りたいんだ」
大好きな場所で、大好きなことをして、大好きな物に囲まれて生活する。夢に夢を重ねた、無謀とも言える夢。
社会で生きている人達からしてみたら、「人生そんな甘くない。現実みろ」と、厳しい感想を抱くだろう。
「70。地元では1番なんだって」
「1番⁉ すごっ! 成績ってどのくらい?」
「……学年10位だから、そこそこ」
数秒の沈黙を挟んで答えると、さらに瞳を輝かせた。成績が中の上の彼からしたら、上の上の私が羨ましいそうだ。
「めちゃめちゃ勉強頑張ったんだね、本当すごいよ」
「いやいや。私は部活やってなくてこれだから。部活と両立しながら上位保ってる人に比べたら全然。別の学校に行けば良かったかなって思ってる」
天才、優秀、将来安泰、人生勝ち組。
これらは全て、私が進学校に通っていると知った人達が最初に口にした感想。
言われて嬉しいと感じるかは人それぞれだけど……正直、最後の言葉は全く心に響かない。むしろ腹が立つ。
勝ち組? どこが? 毎日勉強ばかりで身も心もクタクタで、しまいには家にいるのに『帰りたい』と呟いた。こんな精神状態のどこが勝ってるの?
あぁ、本当嫌になる。ひねくれて捉えてしまう自分が、余裕がなさすぎる自分がどんどん嫌になる。
「っ、ごめん。頑張ったんだねって褒めてくれたのに……」
「いや、俺こそ。大変だって話聞いたのに、自分勝手にペラペラ話してごめんね」
羨望の眼差しが謝罪の眼差しに変わった。
違うよ凪くん。謝るのは私。褒め言葉を受け取らず、謙遜どころか自己卑下で返した私のほうだよ。
「別の学校って、私立のこと?」
「うん。今の学校の近くにあって、友達がそこに通ってるの」
希望していたもう1校は、校内施設が充実した部活動が盛んな学校。偏差値は平均的で、地元の私立高校の中では1番人気があると言われている。
今の学校に落ちてたらそこに行って、寧々ちゃんと一緒に部活に入るつもりだった。
「本当はそっちに行きたかったんだけど、『勉強できるなら少しでも上を目指したほうがいい。将来の可能性も広がるから』って、強く勧められたんだ」
合格発表があった日の夜、リビングで家族会議が行われた。
母は『好きなほうを選んでいいんだよ』と言ってくれたけど……。
『いくら才能があっても、放置していたら宝の持ち腐れ』
『ダイヤモンドの原石を見つけても、磨かなければただの石。輝きを放つこともできない』
『落ちた人も大勢いる中で合格したのなら、そのチャンスを掴むべきだ』
父だけは、進学校に行くことを強く勧めていて……。
「それで、諦めちゃったの?」
「うん。学校が別でも、地元にいるならいつでも会えるしと思って。でも……ちょっとナメてたんだよね」
幼い頃から勉強も運動も卒なくこなせていたのもあり、高校でも上手くやれるだろうと呑気に構えていた。
しかし、それも最初の1週間だけ。授業が始まった途端、出鼻をくじかれた。
宿題はもちろん、小テストは毎日。授業も進むのが速く、復習しないと着いていくのが大変。
幸い赤点は回避できているものの……夏休みの宿題を毎年最終日までやるはめになるくらい、計画を立てるのがとにかく苦手で。最初の1ヶ月は、趣味が手につかなくなるほど、毎日が目まぐるしかった。
「凪くんは計画立てるの得意?」
「うーん、一応立てるけど、完璧に進んだことはあまりないなぁ。計画性ある人って憧れるよね。時間の使い方上手そうだし、仕事もプライベートも充実してそうだし」
指を折りながら利点を数える凪くん。
仕事かぁ……。
「一花ちゃんは将来これしたいなとか、夢や目標ってあるの?」
「うっ」
のどから小さく呻くような声が出た。
どうしてそうピンポイントで突っ込むんだ。昨日も似たようなことあったよね? 読心術習ってるんですか⁉
「……うん。一応」
「そうなんだ。俺は水に関する仕事と、絵に関する仕事。昔からコロコロ変わってたけど、系統は一貫してるんだよね」
尋ねてもないのに自分の夢を語り始めた。
ううっ、そんな堂々と言われたら、私まで話さなきゃいけない空気になるじゃないか。
「一花ちゃんは?」
「……笑わないで聞いてくれる?」
「もちろん。聞かせて」
彼の瞳が真っ直ぐ私を見据える。
吸い込まれそうな真剣な眼差し。だけど、圧迫感はなく、不思議と「この人なら大丈夫」と確信している自分がいる。
もしかしたら、さっき涙腺が崩壊したのは、内から滲み出る優しさに安心感を覚えたからなのかもしれない。
「私……海が見える場所で、レストランを開業するのが夢なの」
両親にも担任の先生にも、友達にも、誰にも言えなかった夢。
長年心の奥にしまい込んでいた夢を、今、初めて人に打ち明けた。
「それは、料理が好きだから?」
「うん。物心つく頃から、食べ物に関する仕事がしたいって思ってて。あと、そこで自分が描いた絵を飾りたいんだ」
大好きな場所で、大好きなことをして、大好きな物に囲まれて生活する。夢に夢を重ねた、無謀とも言える夢。
社会で生きている人達からしてみたら、「人生そんな甘くない。現実みろ」と、厳しい感想を抱くだろう。