一人、また一人と若様へ挨拶を交わす。
そうして見つめていれば若様に群がる妖達。
「若様、うちの孫を紹介致します!」
「若様♡私は琴が得意なのです!是非一度、ご覧になって下さいませ」
果たしてあれが挨拶と言えるのだろうか。
そんな彼らの様子に疑問を感じた。
当の本人は心底それが退屈だと言わんばかりに顔を背ければ姿勢を崩した体勢で肘をついていた。聞かれたことに頷くこともしない。冷ややかな視線を送る、そんな姿に何処か過去の自分を連想させた。
自分の娘や孫はいかに優秀であるか。
金と権力への執着が凄まじい御偉方やここぞとばかりに自分をアピールするご令嬢。彼を前に若干の慄きと冷や汗を流しつつ、それでも必死になって媚びへつらう姿には見ていて吐き気を覚えた。
どいつもこいつも…
やはり考えることは同じなのだろう。
それが三大妖家絡みなら尚のこと。
私欲に固執すればするほど、それが人の為になると思っているのであれば大きな間違いだ。全ては鬼頭家の為。そう言っておきながら、結局は自分達の利益でしか動けない。
与えられる環境に対し、それが当たり前なのだという固定概念を植え付けた生き方は自分とよく似ていたけれど。それでも彼らと粗利が合うことがなかったのは、それは自分と似てるようで実は全く似ていなかったからだ。実際は彼らの方がずっと愚かだったのだ。撤夜はいつしか深く考えることを辞めた。
「当主様、息子を紹介します」
自分の番が回って来れば、父に続いてまずは当主様に挨拶した。
視線をズラせば感じ取れる妖力の気配。
「若様、お初にお目にかかります。鬼灯家がご挨拶致します。こちらは息子の徹夜です」
「はじめまして。鬼灯撤夜と申します」
感情の籠らない普段通りの挨拶を済ませる。
予想通り、彼は興味のない目を撤夜に向けるだけで声をかけてくることはなかった。その後、父から言い渡された自身の役目に対し無言で頷けば挨拶回りは終了した。
空気が重い。
本来ならばこうした場所は好まないのだ。
早々に挨拶を済ませたので外の空気でも吸おうかと、撤夜はその場を離れた。そんな撤夜の様子を白夜が見つめていたとも知らずに。
「おい」
外の空気を吸っていれば声がかかる。
振り返れば白夜が立っていた。
「若様、私に何か御用でしょうか」
姿勢を正し畏まっていれば、白夜は盛大に顔を歪ませていた。
「…お前、ほんとつまんねーな」
開口一番にそう告げられた。
だが撤夜はその言葉の意味が理解出来なかった。
何も言えない撤夜に対し、白夜は馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「鬼灯家に生まれた嫡男の話は聞いていた。鬼灯家は代々鬼頭家当主に仕える身。つまりお前は鬼頭家子息であるこの俺の下に無条件で就けるわけだ。他の雑魚共よろしく媚びの一つでも売りに来るのかと思いきや。なんだ、期待が外れたな」
それはつまり、この私が他の者と同類であるとでも?
未だ小馬鹿な笑みを浮かべるその顔に撤夜は苛つきを覚えた。
「私欲に飢えた連中と私を一緒にしないで頂きたい。足し算しか出来ない者が引き算を理解できるとでも?双方を問われ答えを導き出せるのはどちらも勉強してきた者のみ。偏った考えは偏った答えしか生まない。過去も未来も。欠ければその領域でしか生きられない」
考えることを辞めた。
周りが自分に向ける視線を幾度となく経験してきたんだ。
期待してるなんて。
そんな軽い言葉で簡単になびくほど、今の三大妖家での自分の立場が甘くないことぐらい分かっていた。鬼頭家に仕える分家の身分。加えて筆頭分家の優秀玉ともなれば、周りが自分に望むものが手に取るように分かる。
「は、なら自分は他の雑魚とは違うって?所詮は良い子ちゃんを装うだけの偽善者だろ。大人しくその型にハマる生き方だけが賢明な判断だと思ってんならお門違いだ」
「…」
「オマエは欲に埋もれるか否かの狭間で七転八倒してるだけにすぎない。ああ別に気に病む必要はねぇよ?こんな世界なんだ。ただでさえ腐った連中が滝のように沸き上がる。俺だって反吐が出そうだし。だけど俺はそんな置かれた立場を自覚して置きながら、その型から出ようとしねぇもんに何の価値も感じねぇよ」
「!!」
刹那、白夜は動けずにいる撤夜に向けて妖力を強めれば、一瞬にしてその距離を縮めた。
放たれた強い妖力は体を悪寒させ、恐怖心さえ覚える。
「なあ知ってるか?」
白夜は囁くように耳元に顔を近づける。
撤夜は恐怖で冷や汗が流れた。
「あの場所での中、挨拶を除いて俺に媚を売りに来なかったもんは…お前一人だけだ」
一直線にこっちを射抜く綺麗な瞳。
自然と冷や汗が肌を伝り、撤夜はもうこの場を逃げ出したいとさえ思ってしまう。
「本当はオマエも分かってんだろ?ならば正しい理念が偏らないうちに行動に移せよ。オマエに足りてないのは度胸だ。それじゃ価値を感じねぇ、感情に乏しい、そう思っても無理はねぇよな。なら考えることは辞めるって?そんなん誰が決めたんだよ」
「!!」
「認めた訳じゃねぇ。だが本来の目的を二の次にするようなつまんねー奴。俺は下に就かせる気ねぇから」
白夜はそれだけ言って舌を突き出すとスタスタと歩いて行った。
撤夜の中で何かが崩れたような音が聞こえた。
こんなの初めてだった。
他の者とは違う。
全くもって異なる方向から自分に向けられたその視線。
期待されているからと目を付けられ、殻に閉じ籠ることを選んだ自分が、実は本来あるべき姿の選択から逃げていただけだったなんて。
本当は自由に生きたい。
自分が自分の持つ力を最大限、胸を張って発揮できる所へ。
渇いた心が満たされていくかのような感覚が撤夜を襲った。
「ああ…彼に認められてみたい」
羨望の眼差しと強い憧れ。
この時から撤夜の中で『鬼頭白夜』という存在は特別に変わった。
彼に向けた最初で最後の。
撤夜にとっては初めての揺るぎない感情を植え付けた人物となった。
そうして見つめていれば若様に群がる妖達。
「若様、うちの孫を紹介致します!」
「若様♡私は琴が得意なのです!是非一度、ご覧になって下さいませ」
果たしてあれが挨拶と言えるのだろうか。
そんな彼らの様子に疑問を感じた。
当の本人は心底それが退屈だと言わんばかりに顔を背ければ姿勢を崩した体勢で肘をついていた。聞かれたことに頷くこともしない。冷ややかな視線を送る、そんな姿に何処か過去の自分を連想させた。
自分の娘や孫はいかに優秀であるか。
金と権力への執着が凄まじい御偉方やここぞとばかりに自分をアピールするご令嬢。彼を前に若干の慄きと冷や汗を流しつつ、それでも必死になって媚びへつらう姿には見ていて吐き気を覚えた。
どいつもこいつも…
やはり考えることは同じなのだろう。
それが三大妖家絡みなら尚のこと。
私欲に固執すればするほど、それが人の為になると思っているのであれば大きな間違いだ。全ては鬼頭家の為。そう言っておきながら、結局は自分達の利益でしか動けない。
与えられる環境に対し、それが当たり前なのだという固定概念を植え付けた生き方は自分とよく似ていたけれど。それでも彼らと粗利が合うことがなかったのは、それは自分と似てるようで実は全く似ていなかったからだ。実際は彼らの方がずっと愚かだったのだ。撤夜はいつしか深く考えることを辞めた。
「当主様、息子を紹介します」
自分の番が回って来れば、父に続いてまずは当主様に挨拶した。
視線をズラせば感じ取れる妖力の気配。
「若様、お初にお目にかかります。鬼灯家がご挨拶致します。こちらは息子の徹夜です」
「はじめまして。鬼灯撤夜と申します」
感情の籠らない普段通りの挨拶を済ませる。
予想通り、彼は興味のない目を撤夜に向けるだけで声をかけてくることはなかった。その後、父から言い渡された自身の役目に対し無言で頷けば挨拶回りは終了した。
空気が重い。
本来ならばこうした場所は好まないのだ。
早々に挨拶を済ませたので外の空気でも吸おうかと、撤夜はその場を離れた。そんな撤夜の様子を白夜が見つめていたとも知らずに。
「おい」
外の空気を吸っていれば声がかかる。
振り返れば白夜が立っていた。
「若様、私に何か御用でしょうか」
姿勢を正し畏まっていれば、白夜は盛大に顔を歪ませていた。
「…お前、ほんとつまんねーな」
開口一番にそう告げられた。
だが撤夜はその言葉の意味が理解出来なかった。
何も言えない撤夜に対し、白夜は馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「鬼灯家に生まれた嫡男の話は聞いていた。鬼灯家は代々鬼頭家当主に仕える身。つまりお前は鬼頭家子息であるこの俺の下に無条件で就けるわけだ。他の雑魚共よろしく媚びの一つでも売りに来るのかと思いきや。なんだ、期待が外れたな」
それはつまり、この私が他の者と同類であるとでも?
未だ小馬鹿な笑みを浮かべるその顔に撤夜は苛つきを覚えた。
「私欲に飢えた連中と私を一緒にしないで頂きたい。足し算しか出来ない者が引き算を理解できるとでも?双方を問われ答えを導き出せるのはどちらも勉強してきた者のみ。偏った考えは偏った答えしか生まない。過去も未来も。欠ければその領域でしか生きられない」
考えることを辞めた。
周りが自分に向ける視線を幾度となく経験してきたんだ。
期待してるなんて。
そんな軽い言葉で簡単になびくほど、今の三大妖家での自分の立場が甘くないことぐらい分かっていた。鬼頭家に仕える分家の身分。加えて筆頭分家の優秀玉ともなれば、周りが自分に望むものが手に取るように分かる。
「は、なら自分は他の雑魚とは違うって?所詮は良い子ちゃんを装うだけの偽善者だろ。大人しくその型にハマる生き方だけが賢明な判断だと思ってんならお門違いだ」
「…」
「オマエは欲に埋もれるか否かの狭間で七転八倒してるだけにすぎない。ああ別に気に病む必要はねぇよ?こんな世界なんだ。ただでさえ腐った連中が滝のように沸き上がる。俺だって反吐が出そうだし。だけど俺はそんな置かれた立場を自覚して置きながら、その型から出ようとしねぇもんに何の価値も感じねぇよ」
「!!」
刹那、白夜は動けずにいる撤夜に向けて妖力を強めれば、一瞬にしてその距離を縮めた。
放たれた強い妖力は体を悪寒させ、恐怖心さえ覚える。
「なあ知ってるか?」
白夜は囁くように耳元に顔を近づける。
撤夜は恐怖で冷や汗が流れた。
「あの場所での中、挨拶を除いて俺に媚を売りに来なかったもんは…お前一人だけだ」
一直線にこっちを射抜く綺麗な瞳。
自然と冷や汗が肌を伝り、撤夜はもうこの場を逃げ出したいとさえ思ってしまう。
「本当はオマエも分かってんだろ?ならば正しい理念が偏らないうちに行動に移せよ。オマエに足りてないのは度胸だ。それじゃ価値を感じねぇ、感情に乏しい、そう思っても無理はねぇよな。なら考えることは辞めるって?そんなん誰が決めたんだよ」
「!!」
「認めた訳じゃねぇ。だが本来の目的を二の次にするようなつまんねー奴。俺は下に就かせる気ねぇから」
白夜はそれだけ言って舌を突き出すとスタスタと歩いて行った。
撤夜の中で何かが崩れたような音が聞こえた。
こんなの初めてだった。
他の者とは違う。
全くもって異なる方向から自分に向けられたその視線。
期待されているからと目を付けられ、殻に閉じ籠ることを選んだ自分が、実は本来あるべき姿の選択から逃げていただけだったなんて。
本当は自由に生きたい。
自分が自分の持つ力を最大限、胸を張って発揮できる所へ。
渇いた心が満たされていくかのような感覚が撤夜を襲った。
「ああ…彼に認められてみたい」
羨望の眼差しと強い憧れ。
この時から撤夜の中で『鬼頭白夜』という存在は特別に変わった。
彼に向けた最初で最後の。
撤夜にとっては初めての揺るぎない感情を植え付けた人物となった。



