一人、また一人と鎮座する若様へ挨拶を交わす者達を見つめた。
「若様、うちの息子を紹介致します!」
「若様、実は私、琴が得意なのです!是非一度、今度ご覧になって頂きたいですわ」
果たしてあれが挨拶と言えるのだろうか。
そんな彼らの様子を呆れ顔で見つめる。
若様は心底退屈だといった顔を隠すこともせずに姿勢を崩した状態で肘をついていた。
聞かれたことに頷くこともしない。
冷ややかな視線を送るその姿には何処か過去の自分を連想させた。
自分の娘や息子はいかに優秀であるかを自慢げに語り出す者。
金と権力への私欲を目論む者。
ここぞとばかりに自分をアピールするご令嬢。
彼を前に若干の慄きと冷や汗を流しつつ、それでも必死になって媚びへつらう姿には見ていて吐き気を覚えた。
「(どいつもこいつも…)」
考えることはやはり同じのようだ。
それが三大妖家相手なら尚のこと。
私欲への欲心でおこぼれのみに固執してしまえば、そこに自身への存在意義を否定する要素が少なからず含まれることすら気づかない。ある意味、取捨選択を見誤った不純さが丸見えだった。
つくづく滑稽だった。
与えられる環境に対し、それが当たり前なのだという固定概念を植え付けられると与える力が疎かになるらしい。それが利益追求だけを自分へと求め続けた結果だ。
間違ってもここにいる者達からはそんな要素を感じ取った。
いつしか考えることを辞めた。
「当主様、息子を紹介します」
自分の番が回って来ると父に続いてまずは当主様へと挨拶をした。
視線をズラせば感じ取れる澄んだ妖力への強い気配。
「若様、お初にお目にかかります。鬼灯徹夜と申します」
感情の篭らない、いつも通りの顔で挨拶をする。
彼はジトリとした目を私に向けるだけで声をかけてくることはなかった。
その後、父から言い渡された自身のお役目に対して驚くこともせずに私は黙って頷いた。
空気が重い。
本来ならばこういった場所は好まないのだ。
早々に挨拶を済ませた私は外の空気を吸う為にもその場を離れた。
そんな自分の様子を彼が見つめていたとも知らずに。
「おい」
暫く外の空気を吸えば幾分かマシになった。
気持ちを切り替えて部屋に戻ろうとした自分を彼はそう言って引き止めた。
「…お前、ほんとつまんねーな」
開口早々に告げられたその言葉が理解出来なかった。
何も言えない私に対し、彼は小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「鬼灯家に生まれた優秀な嫡男の噂は聞いていた。鬼灯家は代々鬼頭家の当主に仕える身。つまりお前は鬼頭家子息であるこの俺の下に無条件で就けるわけだ。他の雑魚共よろしく媚びの一つでも売りに来るのかと思いきや、期待が外れたな」
それはこの私が他の者と同類であるとでも言いたいのか。
未だ小馬鹿な笑みを浮かべるその顔に若干の苛つきを覚えた。
「私欲に飢えた連中と私を一緒にしないで頂きたいですね。足し算(与えられる)しか出来ない正の者が正と(与える)、二つの置かれた状況に対応がきくとは限らない。所詮どちらかに偏った考えは過去を顧みるか未来しか望めないか。そのどちらかの選択領域でしか生きられないんですよ」
考えることを辞めた。
周りが自分に向ける目を幾度となく見てきたんだ。
期待なんて言葉で簡単に片付くほど、三大妖家での自分の立場が甘くないことぐらい分かっていた。
鬼頭家に仕える分家の身分。
加えて優秀ともなれば周りが自分に望むものが手に取るように分かる。
「は、なら自分は他の雑魚とは違うって?所詮は良い子ちゃんを装うだけの偽善者だろ。大人しくその型にハマる生き方だけが賢明な判断だと捉えてんならお門違いだぞ」
「…」
「ああ、別に気に病む必要はねぇよ?こんな世界、ただでさえ腐った連中が滝のように沸き出るサマには反吐が出そうだし。だが俺はそんな置かれた立場を知って置きながらも、その型から出ようとしねぇもんに何の価値も感じねぇよ」
「!!」
刹那、彼は動けない私の目の前に一瞬にしてその距離を縮めた。
ギロリと覗く眼光。
放たれた強い妖力の威圧感に恐怖心を覚えた。
「なあ知ってるか?あの場所での中、挨拶を除いて俺に媚を売りに来なかったもんはお前一人だけだ」
何を考えている。
だがまるで私を試すかのような眼差し。
一直線に自分を射抜くその姿に自然と冷や汗が肌を伝った。
「テメェは分かってんだろ?ならば正しい理念への確信が持てた時、それを行動に移すには度胸ってもんが必要なんだよ。価値を感じねぇ。だから考えることは辞めるって?そんなん誰が決めたんだよ」
「!!」
「認めた訳じゃねぇ。だが本来の目的を二の次にするようなつまんねー野郎に従う気はねぇから」
彼はそれだけ言って舌を突き出すとスタスタと来た道を戻って行った。
私の中で何かが崩れたような音が聞こえた。
こんなの初めてだった。
他の者とは違う。
全くもって異なる方向から自分へと向けられたその視線に違和感を覚えた。
渇いた心が満たされていくかのような感覚。

—ああ、あの方に認められたい

羨望の眼差しと強い憧れ。
それが鬼頭白夜、彼へと向けた最初で最後の。
自分にとっては初めての揺るがない感情だった。