バードの剣筋を二本の小剣で受け流し、名無しはさっと距離を取る。
「殺す気で来ないで俺が止められるとでも……? なめられたもんだ……」
バードは不愉快そうに顔を歪めて言いい、名無しを剣で切りつけた。深く踏み込んだその切っ先が名無しの頬を掠め、赤い筋が走る。
「それとも尼さんの尻を追いかけて府抜けたか?」
「……」
名無しは二歩、後ろに下がり下がった。そして一気に跳躍してバードの懐へと入り込む。名無しの小剣の刃が描く弧をバードは首を逸らして避けた。
しかし、一手では終わらない。名無しは目にも止らぬ早さで切っ先をバードに繰り出した。
「はっ、ほっ、ほっ」
バードは長剣を盾のようにしてその刃の嵐をかいくぐった。バードが一瞬の間を突いて名無しに切りつけようとして、ようやく名無しはバードから距離を取った。
「そうそう、懐に入らなきゃお前の小剣は意味が無い……俺はそう言ったよな」
「……さぁ?」
「お前はいっつもそうだなあ。周りの人間の事をすぐに忘れちまう」
バードは剣の構えを崩す事無く言葉を続けた。
「無理もないか。覚えてたってみんな死んでく。辛いだけだもんな」
「……バード、少しお喋りがすぎるな」
名無しの呻くような声を無視してバードは言葉を続ける。
「そうやって自分を殺して生きてきた……至極真っ当だと俺は思う」
「うるさい!」
「でなきゃ、任務とはいえ魔王だとかなんだかよく分からねぇ化け物の前に放り出されて平気でいられる訳がない」
「黙れ……!!」
名無しは地面を蹴る。バードの言葉に忘れかけていたあの冷たい炎が体の芯に点る。
「あ……ぐっ!」
その次の瞬間、バードの長剣は地面に落ちた。それを握っていた指と一緒に。ぽたぽたと流れる血を抑えてバードは呻いた。
「……とっとと帰れ」
名無しは吐き捨てるように言った言葉に、バードは脂汗をかきながら哄笑した。
「帰る……? はは……そんな場所ないだろ。俺はどこまででもお前を追う。剣が無くても罠や毒だってある。お前が俺を殺さない限り……」
「バード……」
名無しがバードを見つめると、バードはにやりと笑ってふらりと立ち上がった。
「お前が護っているお嬢さんを狙ってもいいし、かわいいクロエちゃんを吊し切りにしてもいいかもな!」
「貴様ぁ!」
その途端、名無しの小剣はバードの腹部に深々と刺さっていた。
「ぐふっ……そうだ……それでいい……」
「何がだ!!」
名無しの中で感情が吹き荒れ、その勢いのまま名無しはバードを怒鳴りつけた。
「俺は……戻れない……畑を耕して草むしりして、たまに美味いもの食べて……そんなの……だから俺はいつまでもいつまでも誰かの命を刈って生きるしかない」
バードの口から血があふれ出た。名無しはそれを見下ろしながら体の中の炎がじょじょに収まっていくのを感じていた。
「そんなのってねぇよな……」
「バード……それは……」
「お前はまともなんだよ、ははは……羨ましいな」
喋る度にバードの腹部からも血が流れ続ける。バードはその腹部に刺さった小剣を引き抜いた。そしてその剣についた血を名無しに振り飛ばした。
名無しはびしゃりと音を立てて顔に飛び、前髪から垂れ落ちる血の滴を黙って拭った。
「……これでいい加減俺の事は忘れない……か……ねぇ、名無し……」
「アルフレッドだ」
「へ……」
「俺の名前はアルフレッド……」
「そっか……へへ……洒落た名前だ……いいんじゃないか……」
それきりバードは動かなくなった。名無しは自分の小剣をバードから回収し、その開きっぱなしの瞼を閉ざした。
「バード……俺も思い出した。あんたの仕事の流儀は……」
クロエの元に行ったのは本当だったのだろう。しかしバードがその流儀にそって行動しているとすれば……村もクロエもきっと無事だ。
「標的以外は狙わない……それが一流だって。あんた、そう言って自慢してたっけ……」
名無しはしばらくバードの亡骸の横に座り込み、夜風に吹かれていた。
「いくらなんでも遅い……」
広場の像を見下ろせる部屋に宿を取ったライアン達はずっと窓の外を窺いながら名無しがやってくるのを待っていた。さすがにいらだった口調でライアンが呟いた。
「市壁を突破できなかったんでしょうか……」
「簡単そうに言ってましたがね……私が様子を見てきましょう」
「それならみんなで……」
「あっ」
エミリアとフレドリックが揉め合っている間も窓の外を見つめていたライアンが声を上げた。
「あれ、アルじゃないか?」
ライアンの声に二人は一斉に窓に駆け寄った。月明かりに黒っぽい人物が広場の像を探っているのが見えた。
「心配させおって!」
「まぁまぁ、待ちましょう」
夕方に中央教会には到着の知らせを送ったし、あとはほんの少しの距離を護衛すればすむのだ。フレドリックは旅の終わりをようやく感じる事が出来ていた。
「……またせた」
そして扉が開き、名無しが部屋に現れた。
「遅かった……な……」
名無しの到着の遅れに文句を言おうとしたライアンだったが、姿を見せた名無しの姿に一瞬息を飲んだ。
「アル! 怪我をしているのですか?」
エミリアは名無しの頬に走る傷に思わず駆け寄った。
「少し……かすり傷だ」
ライアンとエミリアが戸惑う中、フレドリックは厳しい表情で名無しに問いかけた。
「その血の匂い……怪我のものではありませんな……何がありました」
「……」
その問いかけに、名無しは無表情に見つめ返すだけだった。
「殺す気で来ないで俺が止められるとでも……? なめられたもんだ……」
バードは不愉快そうに顔を歪めて言いい、名無しを剣で切りつけた。深く踏み込んだその切っ先が名無しの頬を掠め、赤い筋が走る。
「それとも尼さんの尻を追いかけて府抜けたか?」
「……」
名無しは二歩、後ろに下がり下がった。そして一気に跳躍してバードの懐へと入り込む。名無しの小剣の刃が描く弧をバードは首を逸らして避けた。
しかし、一手では終わらない。名無しは目にも止らぬ早さで切っ先をバードに繰り出した。
「はっ、ほっ、ほっ」
バードは長剣を盾のようにしてその刃の嵐をかいくぐった。バードが一瞬の間を突いて名無しに切りつけようとして、ようやく名無しはバードから距離を取った。
「そうそう、懐に入らなきゃお前の小剣は意味が無い……俺はそう言ったよな」
「……さぁ?」
「お前はいっつもそうだなあ。周りの人間の事をすぐに忘れちまう」
バードは剣の構えを崩す事無く言葉を続けた。
「無理もないか。覚えてたってみんな死んでく。辛いだけだもんな」
「……バード、少しお喋りがすぎるな」
名無しの呻くような声を無視してバードは言葉を続ける。
「そうやって自分を殺して生きてきた……至極真っ当だと俺は思う」
「うるさい!」
「でなきゃ、任務とはいえ魔王だとかなんだかよく分からねぇ化け物の前に放り出されて平気でいられる訳がない」
「黙れ……!!」
名無しは地面を蹴る。バードの言葉に忘れかけていたあの冷たい炎が体の芯に点る。
「あ……ぐっ!」
その次の瞬間、バードの長剣は地面に落ちた。それを握っていた指と一緒に。ぽたぽたと流れる血を抑えてバードは呻いた。
「……とっとと帰れ」
名無しは吐き捨てるように言った言葉に、バードは脂汗をかきながら哄笑した。
「帰る……? はは……そんな場所ないだろ。俺はどこまででもお前を追う。剣が無くても罠や毒だってある。お前が俺を殺さない限り……」
「バード……」
名無しがバードを見つめると、バードはにやりと笑ってふらりと立ち上がった。
「お前が護っているお嬢さんを狙ってもいいし、かわいいクロエちゃんを吊し切りにしてもいいかもな!」
「貴様ぁ!」
その途端、名無しの小剣はバードの腹部に深々と刺さっていた。
「ぐふっ……そうだ……それでいい……」
「何がだ!!」
名無しの中で感情が吹き荒れ、その勢いのまま名無しはバードを怒鳴りつけた。
「俺は……戻れない……畑を耕して草むしりして、たまに美味いもの食べて……そんなの……だから俺はいつまでもいつまでも誰かの命を刈って生きるしかない」
バードの口から血があふれ出た。名無しはそれを見下ろしながら体の中の炎がじょじょに収まっていくのを感じていた。
「そんなのってねぇよな……」
「バード……それは……」
「お前はまともなんだよ、ははは……羨ましいな」
喋る度にバードの腹部からも血が流れ続ける。バードはその腹部に刺さった小剣を引き抜いた。そしてその剣についた血を名無しに振り飛ばした。
名無しはびしゃりと音を立てて顔に飛び、前髪から垂れ落ちる血の滴を黙って拭った。
「……これでいい加減俺の事は忘れない……か……ねぇ、名無し……」
「アルフレッドだ」
「へ……」
「俺の名前はアルフレッド……」
「そっか……へへ……洒落た名前だ……いいんじゃないか……」
それきりバードは動かなくなった。名無しは自分の小剣をバードから回収し、その開きっぱなしの瞼を閉ざした。
「バード……俺も思い出した。あんたの仕事の流儀は……」
クロエの元に行ったのは本当だったのだろう。しかしバードがその流儀にそって行動しているとすれば……村もクロエもきっと無事だ。
「標的以外は狙わない……それが一流だって。あんた、そう言って自慢してたっけ……」
名無しはしばらくバードの亡骸の横に座り込み、夜風に吹かれていた。
「いくらなんでも遅い……」
広場の像を見下ろせる部屋に宿を取ったライアン達はずっと窓の外を窺いながら名無しがやってくるのを待っていた。さすがにいらだった口調でライアンが呟いた。
「市壁を突破できなかったんでしょうか……」
「簡単そうに言ってましたがね……私が様子を見てきましょう」
「それならみんなで……」
「あっ」
エミリアとフレドリックが揉め合っている間も窓の外を見つめていたライアンが声を上げた。
「あれ、アルじゃないか?」
ライアンの声に二人は一斉に窓に駆け寄った。月明かりに黒っぽい人物が広場の像を探っているのが見えた。
「心配させおって!」
「まぁまぁ、待ちましょう」
夕方に中央教会には到着の知らせを送ったし、あとはほんの少しの距離を護衛すればすむのだ。フレドリックは旅の終わりをようやく感じる事が出来ていた。
「……またせた」
そして扉が開き、名無しが部屋に現れた。
「遅かった……な……」
名無しの到着の遅れに文句を言おうとしたライアンだったが、姿を見せた名無しの姿に一瞬息を飲んだ。
「アル! 怪我をしているのですか?」
エミリアは名無しの頬に走る傷に思わず駆け寄った。
「少し……かすり傷だ」
ライアンとエミリアが戸惑う中、フレドリックは厳しい表情で名無しに問いかけた。
「その血の匂い……怪我のものではありませんな……何がありました」
「……」
その問いかけに、名無しは無表情に見つめ返すだけだった。