「おおっ、これが……あっ、本当にお湯が流れている! これはどこかで沸かしたものではないのか?」
「山の地面の熱で温められてここまで来てるんですよ。さ、体を洗いましょう」
ライアンとフレドリックが男湯で旅の垢を落としている頃、エミリアも女湯で手元の小さな容器を見つめていた。それは宿の女将から手渡されたものだ。
「女性のお客様にサービスしている、髪と肌の保湿にとってもいい薬草入りの軟膏なんですよ。香りも良いので使ってみて下さい。気に入ったらこちらで売っておりますので」
「本当かしら……」
エミリアは服を脱いで、脱衣場に置くとその小瓶を持って浴場へと入った。湯の蒸気と音を立てて流れ落ちる豊富なお湯にエミリアは目を丸くする。
「わぁ……」
エミリアはとりあえず髪と体を洗った。そして湯船に浸かる。
「はぁっ……」
エミリアは思わず深いため息をついた。温かいお湯がしみいるようだ。芯まで温まり、長い旅の疲れをほぐしてくれる。
「これは入っておいてよかったかも。でも……アルが気の毒ね」
エミリアは表で自分を待っている名無しの事を気にしつつ、湯船を出た。そして例の容器を手にする。
「うん……香りは好きだわ」
スッキリとした爽やかなグリーンフローラルの香り。指ですくって、エミリアは髪と肌に塗り込んだ。ぱさついた毛先には特に念入りに。
「これでいいのかしら……」
髪はしっとりして、肌も水分を含んでもっちりとした気がする。旅の間中、あまりに手入れをしてなかったせいもあったと思うがエミリアは使い心地に満足した。
「いくら位なのかしら。そんなに高くないなら……」
エミリアが自分の肌の弾力を確かめている、その時だった。湯気で白く曇った通気用の窓が突然割れ、三人の男が侵入してきた。
「キャーーーー!!」
入浴中の裸の女達が悲鳴を上げ、桶や石鹸を投げつけた。しかし、ガチン! という音で一瞬静寂が訪れる。
「ええ!? あれ、剣よ! 武器を持ってるわ」
再び浴場内は大混乱になった。侵入したのは黒装束の男が三人。そして剣を掲げて声を張り上げた。
「エミリアという女はここにいるか? いるのは分かっている、出て来い!」
エミリアはサッと顔から血の気が引いた。こんな無防備なところに出てこなくてもいいのに。しかし、無関係な他の湯治客に迷惑をかける訳にはいかない。
エミリアが体洗い用の手布でなんとか体を隠し立ち上がったその時だった。別の方向から悲鳴と怒号が聞こえる。
「きゃああ!」
「ちょっとあんた、そっちは女湯だって!」
その声を無視してずんずん中に入ってきたのは名無しだった。名無しは三人の男を見据えながら両手剣を抜いた。
「な、こんな所まで……」
男の一人が動揺して口走ると、名無しは鼻で笑った。
「こんな所まで襲いにきたのは誰だよ。無防備なところなら手を下せるとでも?」
「……」
名無しは相手の無言を肯定と受け取った。途端に名無しの蹴りが放たれ、側頭にめり込んだ。
「……くっ」
別の男が剣を振りかぶり名無しに襲いかかる。名無しは無表情のままその刃を躱してみぞおちを剣の柄で思い切りぶん殴る。
「ぎえっ」
そして残った男は足を引っかけて転ばせて、上から踏んづけた。
「おい! そこの!」
名無しが格闘している間に入浴客は逃げ出しており、ようやく中に入ってきた警備員が見たのはひっくり返った男と呆然としているエミリアと涼しい顔の名無しだった。
「痴漢を捕まえたぞ」
「……これ、が?」
「ち、違う!」
名無しの足下の男が慌ててわめいたが、悲鳴を聞いてかけだした名無しを見ていた警備員は男達を縄でしばって連れて行ってしまった。
「まったく災難だったな、エミリア」
「……」
名無しはエミリアを振り返った。途端、エミリアのビンタが名無しの頬に炸裂した。
「み、見ないでくださーーーーい!!」
その音はビターン、と浴場内に良く響いた。
「……大変だったな」
「時に人生は理不尽です。さ、後は任せてアルも風呂に浸かってくるといい」
赤い頬を抑えながら浴場を出た名無しは、ライアンとフレドリックに慰められた。
「ああ……そうする……」
名無しは一人、むすっとしながら湯船に浸かった。
「……解せん」
ヒリヒリとする頬をさすりながら名無しは呟いた。そして名無しが入浴を終えて部屋に戻ろうとする廊下にエミリアが立っていた。
「……アル」
「……」
名無しは思わず一歩後ろに引いた。するとエミリアは頭を下げた。
「すみません助けてくれたのに、私ったら思わず……ヒドい事を」
「まあ、いいさ」
名無しがそう言って軽く手を振ると、エミリアは気まずそうに目を泳がせた。
「でもあの……裸だったもので……」
「前は隠れていたぞ」
それを聞いたエミリアの顔がゆでだこの様に真っ赤になった。
「やっぱ見たんじゃないですか!!」
エミリアはそう言い残すと、バターンと大きな音を立てて扉を閉め、部屋に逃げ込んでしまった。
「……うーん、不可抗力なんだがな」
名無しが首をひねりながら部屋に戻ると、聞き耳を立てていたらしいフレドリックが困ったような顔をしてベッドに腰掛けていた。
「女心は難しいものです。私はもう懲りております」
「……一緒にしないでくれ」
名無しはぶっきらぼうにそう言うと変な疲れを感じてベッドに転がり込んだ。
「温泉は……疲れる……」
「山の地面の熱で温められてここまで来てるんですよ。さ、体を洗いましょう」
ライアンとフレドリックが男湯で旅の垢を落としている頃、エミリアも女湯で手元の小さな容器を見つめていた。それは宿の女将から手渡されたものだ。
「女性のお客様にサービスしている、髪と肌の保湿にとってもいい薬草入りの軟膏なんですよ。香りも良いので使ってみて下さい。気に入ったらこちらで売っておりますので」
「本当かしら……」
エミリアは服を脱いで、脱衣場に置くとその小瓶を持って浴場へと入った。湯の蒸気と音を立てて流れ落ちる豊富なお湯にエミリアは目を丸くする。
「わぁ……」
エミリアはとりあえず髪と体を洗った。そして湯船に浸かる。
「はぁっ……」
エミリアは思わず深いため息をついた。温かいお湯がしみいるようだ。芯まで温まり、長い旅の疲れをほぐしてくれる。
「これは入っておいてよかったかも。でも……アルが気の毒ね」
エミリアは表で自分を待っている名無しの事を気にしつつ、湯船を出た。そして例の容器を手にする。
「うん……香りは好きだわ」
スッキリとした爽やかなグリーンフローラルの香り。指ですくって、エミリアは髪と肌に塗り込んだ。ぱさついた毛先には特に念入りに。
「これでいいのかしら……」
髪はしっとりして、肌も水分を含んでもっちりとした気がする。旅の間中、あまりに手入れをしてなかったせいもあったと思うがエミリアは使い心地に満足した。
「いくら位なのかしら。そんなに高くないなら……」
エミリアが自分の肌の弾力を確かめている、その時だった。湯気で白く曇った通気用の窓が突然割れ、三人の男が侵入してきた。
「キャーーーー!!」
入浴中の裸の女達が悲鳴を上げ、桶や石鹸を投げつけた。しかし、ガチン! という音で一瞬静寂が訪れる。
「ええ!? あれ、剣よ! 武器を持ってるわ」
再び浴場内は大混乱になった。侵入したのは黒装束の男が三人。そして剣を掲げて声を張り上げた。
「エミリアという女はここにいるか? いるのは分かっている、出て来い!」
エミリアはサッと顔から血の気が引いた。こんな無防備なところに出てこなくてもいいのに。しかし、無関係な他の湯治客に迷惑をかける訳にはいかない。
エミリアが体洗い用の手布でなんとか体を隠し立ち上がったその時だった。別の方向から悲鳴と怒号が聞こえる。
「きゃああ!」
「ちょっとあんた、そっちは女湯だって!」
その声を無視してずんずん中に入ってきたのは名無しだった。名無しは三人の男を見据えながら両手剣を抜いた。
「な、こんな所まで……」
男の一人が動揺して口走ると、名無しは鼻で笑った。
「こんな所まで襲いにきたのは誰だよ。無防備なところなら手を下せるとでも?」
「……」
名無しは相手の無言を肯定と受け取った。途端に名無しの蹴りが放たれ、側頭にめり込んだ。
「……くっ」
別の男が剣を振りかぶり名無しに襲いかかる。名無しは無表情のままその刃を躱してみぞおちを剣の柄で思い切りぶん殴る。
「ぎえっ」
そして残った男は足を引っかけて転ばせて、上から踏んづけた。
「おい! そこの!」
名無しが格闘している間に入浴客は逃げ出しており、ようやく中に入ってきた警備員が見たのはひっくり返った男と呆然としているエミリアと涼しい顔の名無しだった。
「痴漢を捕まえたぞ」
「……これ、が?」
「ち、違う!」
名無しの足下の男が慌ててわめいたが、悲鳴を聞いてかけだした名無しを見ていた警備員は男達を縄でしばって連れて行ってしまった。
「まったく災難だったな、エミリア」
「……」
名無しはエミリアを振り返った。途端、エミリアのビンタが名無しの頬に炸裂した。
「み、見ないでくださーーーーい!!」
その音はビターン、と浴場内に良く響いた。
「……大変だったな」
「時に人生は理不尽です。さ、後は任せてアルも風呂に浸かってくるといい」
赤い頬を抑えながら浴場を出た名無しは、ライアンとフレドリックに慰められた。
「ああ……そうする……」
名無しは一人、むすっとしながら湯船に浸かった。
「……解せん」
ヒリヒリとする頬をさすりながら名無しは呟いた。そして名無しが入浴を終えて部屋に戻ろうとする廊下にエミリアが立っていた。
「……アル」
「……」
名無しは思わず一歩後ろに引いた。するとエミリアは頭を下げた。
「すみません助けてくれたのに、私ったら思わず……ヒドい事を」
「まあ、いいさ」
名無しがそう言って軽く手を振ると、エミリアは気まずそうに目を泳がせた。
「でもあの……裸だったもので……」
「前は隠れていたぞ」
それを聞いたエミリアの顔がゆでだこの様に真っ赤になった。
「やっぱ見たんじゃないですか!!」
エミリアはそう言い残すと、バターンと大きな音を立てて扉を閉め、部屋に逃げ込んでしまった。
「……うーん、不可抗力なんだがな」
名無しが首をひねりながら部屋に戻ると、聞き耳を立てていたらしいフレドリックが困ったような顔をしてベッドに腰掛けていた。
「女心は難しいものです。私はもう懲りております」
「……一緒にしないでくれ」
名無しはぶっきらぼうにそう言うと変な疲れを感じてベッドに転がり込んだ。
「温泉は……疲れる……」