襲撃後という事もあって入念なほどに警戒をした名無し一行であったが、特に何事もなく朝を迎えた。名無しは窓を開けて朝の空気を感じながら、まだ寝ぼけ眼のフレドリックに問いかけた。
「いよいよ最後の街だな」
「リュッケルンは大きな街ですぞ」
国境最後の街、リュッケルンを抜けると聖都ユニオールである。ユニオールは都市国家だ。近隣の国々の大部分が国教とする光拝教の本拠地として、どの国からの干渉も許さない。表向きは、だが。とにかく大して大きくない都市が国家扱いされるくらいの独立性は保っているのだ。
「ユニオールに着いたらライアンとお前はどうするつもりなんだ?」
「ライアン様には一度出家して頂きます。中央教会の僧侶達とともに生活する事になるでしょう」
「俗世から隔離させて、王位争いから遠ざけるつもりか」
「そうです。それが無事にすんだら……私はユニオールの街のどこかに居でも構えますかね」
フレドリックはベッドから立ちあがりながらちらりと名無しを見た。
「アルはエミリアを送り届けたらどうするつもりですかな」
「……家に帰る」
名無しはエミリアを無事に聖都まで送ったら、そこで自分の役割は終わりだと思っていた。教会内部の争いに名無しが介入するいわれはない。そこは、エミリア自身の戦いだ。
「そういえば、娘さんがいるんでしたか」
「ああ」
「……いや、こういっては失礼かもしれないが妻帯者とは意外な……」
「妻は居ない。クロエも本当の娘じゃない」
名無しは淡々と事実を答えただけだったが、それを聞いたフレドリックはしまったといった顔をした。
「そりゃ……すいません」
「いや……ほら、フレドリックもライアンが可愛いだろ。何かおかしいか」
「ええ? わ、私の場合はその……」
「可愛くないのか」
「……私には子がおりませんから。そうですね……可愛いい……そうか、そうですな」
フレドリックはふふ、と笑って鼻の下を掻いた。名無しはそれを見て何を当り前の事を、と考えていた。
「さぁ、そろそろ隣を起こしにいこう」
「そうですな」
そして最後の街道の旅が始まった。エミリアの巡礼の道の踏破も、もうまもなくである。エミリアを先頭に、名無しとフレドリック、そして馬に乗ったライアンが続く。
「それにしても……旅の最後がこんな賑やかになるとは思いませんでした」
その道のほとんどを孤独に歩んできたエミリアである。今、共にいるのはどこか似た境遇のライアンに、それぞれを守ろうとする男達。
「皆さん、ありがとうございます」
エミリアは皆に深々と頭を下げて礼を述べた。
「エミリア、それは最後までとっておけ」
名無しは真顔でそう答えた。名無しは、自分ならエミリアの旅路を封じる為にどうするかずっと考えてきた。そして何回も失敗し人数も戦力も限られているなら……確実に通るあの最後の街で待ち伏せするだろう、そう思っていた。
「……そうですね、アル」
エミリアは名無しらしい答えに微笑んだ。そうして道を進むこと数時間。リュッケルンの街の市壁が見えてきた。
「やっと着きました!」
一行は街の中に進む。道々相談の上、最後のこの街では教会ではなく普通の宿に泊まることにした。
「食事の美味いところにしてくれ」
教会の質素な味の薄い食事に飽き飽きしたライアンはそう言った。名無しは宿の建ち並ぶ通りを見て、進入路の少なそうな宿を物色していた。
「ここはどうだ?」
作りがしっかりして堅牢そうだ、と名無し基準で選んだ宿の外観を見て、ライアンは頷いた。
「うむ、いいじゃないか」
「ちょっと高そうですね……」
エミリアが困ったように呟くと、ライアンは何でもないように言った。
「エミリア、金の事は心配するな」
「そうですよ、それに聖都に向かう最後の宿でしょう。ちゃんとした所に泊まって体を休めましょう」
「そ、そうです……かね」
ランドルフの口添えもあってエミリアはようやく頷いた。宿の扉を開けると、上品そうな宿の女将が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませー、四名様でしょうか。お部屋は空いてますよ」
「女将、この宿の食事はまともか?」
そんな女将にライアンはいきなりそう聞いた。妙に偉そうな子供の態度に女将は少々面くらいながらも頷いた。
「ええ、この街の宿でも食事が美味しいと評判を戴いてますよ。それに……なんと、温泉も近いんです」
「……温泉?」
「あら、ご存じないんですか? この街は元々古くは湯治場として栄えてましてね。今は湯量が減ってしまったので中央の温泉施設に直結しているのは古くから営業しているうちみたいな宿じゃないと、わざわざ街の外れの施設にいかないとならないんですよ」
その宿の女将は少し自慢げにそう答えた。その言葉を聞いてライアンは考え込んだ。
「温泉っていうと……地面から勝手にお湯が出てくるあれか……」
「ええ。疲労回復や肩こり腰痛なんかにいいんですよ」
「よし、ここにしよう」
ライアンはそう言って一行を振り返った。
「ライアンさ……ゴホン! ライアン! そんな理由で……」
「なんだ? 飯もうまい、温泉とやらは疲れを取るのに良いらしいぞ?」
「いや……ですからね……」
「ここがいい! ここにするぞ」
ライアンはすっかり温泉に興味を持ってしまったようだ。エミリアと名無しは互いにきょとんとした顔をして見つめ合った。
「いよいよ最後の街だな」
「リュッケルンは大きな街ですぞ」
国境最後の街、リュッケルンを抜けると聖都ユニオールである。ユニオールは都市国家だ。近隣の国々の大部分が国教とする光拝教の本拠地として、どの国からの干渉も許さない。表向きは、だが。とにかく大して大きくない都市が国家扱いされるくらいの独立性は保っているのだ。
「ユニオールに着いたらライアンとお前はどうするつもりなんだ?」
「ライアン様には一度出家して頂きます。中央教会の僧侶達とともに生活する事になるでしょう」
「俗世から隔離させて、王位争いから遠ざけるつもりか」
「そうです。それが無事にすんだら……私はユニオールの街のどこかに居でも構えますかね」
フレドリックはベッドから立ちあがりながらちらりと名無しを見た。
「アルはエミリアを送り届けたらどうするつもりですかな」
「……家に帰る」
名無しはエミリアを無事に聖都まで送ったら、そこで自分の役割は終わりだと思っていた。教会内部の争いに名無しが介入するいわれはない。そこは、エミリア自身の戦いだ。
「そういえば、娘さんがいるんでしたか」
「ああ」
「……いや、こういっては失礼かもしれないが妻帯者とは意外な……」
「妻は居ない。クロエも本当の娘じゃない」
名無しは淡々と事実を答えただけだったが、それを聞いたフレドリックはしまったといった顔をした。
「そりゃ……すいません」
「いや……ほら、フレドリックもライアンが可愛いだろ。何かおかしいか」
「ええ? わ、私の場合はその……」
「可愛くないのか」
「……私には子がおりませんから。そうですね……可愛いい……そうか、そうですな」
フレドリックはふふ、と笑って鼻の下を掻いた。名無しはそれを見て何を当り前の事を、と考えていた。
「さぁ、そろそろ隣を起こしにいこう」
「そうですな」
そして最後の街道の旅が始まった。エミリアの巡礼の道の踏破も、もうまもなくである。エミリアを先頭に、名無しとフレドリック、そして馬に乗ったライアンが続く。
「それにしても……旅の最後がこんな賑やかになるとは思いませんでした」
その道のほとんどを孤独に歩んできたエミリアである。今、共にいるのはどこか似た境遇のライアンに、それぞれを守ろうとする男達。
「皆さん、ありがとうございます」
エミリアは皆に深々と頭を下げて礼を述べた。
「エミリア、それは最後までとっておけ」
名無しは真顔でそう答えた。名無しは、自分ならエミリアの旅路を封じる為にどうするかずっと考えてきた。そして何回も失敗し人数も戦力も限られているなら……確実に通るあの最後の街で待ち伏せするだろう、そう思っていた。
「……そうですね、アル」
エミリアは名無しらしい答えに微笑んだ。そうして道を進むこと数時間。リュッケルンの街の市壁が見えてきた。
「やっと着きました!」
一行は街の中に進む。道々相談の上、最後のこの街では教会ではなく普通の宿に泊まることにした。
「食事の美味いところにしてくれ」
教会の質素な味の薄い食事に飽き飽きしたライアンはそう言った。名無しは宿の建ち並ぶ通りを見て、進入路の少なそうな宿を物色していた。
「ここはどうだ?」
作りがしっかりして堅牢そうだ、と名無し基準で選んだ宿の外観を見て、ライアンは頷いた。
「うむ、いいじゃないか」
「ちょっと高そうですね……」
エミリアが困ったように呟くと、ライアンは何でもないように言った。
「エミリア、金の事は心配するな」
「そうですよ、それに聖都に向かう最後の宿でしょう。ちゃんとした所に泊まって体を休めましょう」
「そ、そうです……かね」
ランドルフの口添えもあってエミリアはようやく頷いた。宿の扉を開けると、上品そうな宿の女将が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませー、四名様でしょうか。お部屋は空いてますよ」
「女将、この宿の食事はまともか?」
そんな女将にライアンはいきなりそう聞いた。妙に偉そうな子供の態度に女将は少々面くらいながらも頷いた。
「ええ、この街の宿でも食事が美味しいと評判を戴いてますよ。それに……なんと、温泉も近いんです」
「……温泉?」
「あら、ご存じないんですか? この街は元々古くは湯治場として栄えてましてね。今は湯量が減ってしまったので中央の温泉施設に直結しているのは古くから営業しているうちみたいな宿じゃないと、わざわざ街の外れの施設にいかないとならないんですよ」
その宿の女将は少し自慢げにそう答えた。その言葉を聞いてライアンは考え込んだ。
「温泉っていうと……地面から勝手にお湯が出てくるあれか……」
「ええ。疲労回復や肩こり腰痛なんかにいいんですよ」
「よし、ここにしよう」
ライアンはそう言って一行を振り返った。
「ライアンさ……ゴホン! ライアン! そんな理由で……」
「なんだ? 飯もうまい、温泉とやらは疲れを取るのに良いらしいぞ?」
「いや……ですからね……」
「ここがいい! ここにするぞ」
ライアンはすっかり温泉に興味を持ってしまったようだ。エミリアと名無しは互いにきょとんとした顔をして見つめ合った。