名無し達は次の村に向けて歩を進めていた。
「エミリア、そろそろ休憩をしよう」
「いえ、でもあと少し……」
名無しがエミリアに休息を促すと、エミリアは首を振った。
「大丈夫、距離は順調だ。別に村に着いたからといって安全という訳ではない」
そんなエミリアにライアンはそう言った。
「私は休む。何かあった時にふらふらではどうしようもないからな」
「ほら、ライアンもああ言ってる」
「では……」
そこでようやく一行はしばしの休憩を取ることになった。パンにあり合わせのハムやチーズを挟んで食べつつ、フレドリックの淹れたお茶を戴く。
「ふう……」
エミリアはスカートを少しまくり上げてふくらはぎを揉んだ。
「痛いのか?」
「ええ、少しですけど」
苦笑しながら足を揉むエミリア。それを見て名無しは何か違和感を感じた。
「そういえばエミリアは回復魔法が使えるんじゃ……」
「簡単な回復魔法なら使えますよ。……でもこの旅では私は回復魔法を自分に使うことは禁じています」
「それも巡礼の掟か……。誰かが見張ってる訳でもないだろうに」
「アル。誰も見ていなくても神が見ています」
エミリアは真面目な顔をして、アルを見つめた。
「……それがなくても、自分が見ているでしょう。自分が自分を裏切ってはいけません」
「自分を裏切る……か」
「ええ。あっ、すみません。また私は説教臭く……」
「いいや。すまなかったな。まぁ頑張れ」
名無しはエミリアの飲み終わったカップを取り上げて、川でさっと洗おうとした時だった。
名無しは殺気を感じて振り返った。途端に飛んで来たのは炎の塊である。
「くっ!」
名無しは自らその火に向かって身をさらけ出した。顔の前に組んだ手の魔法防御の手甲が作動し、炎を打ち砕いた。
「て、敵襲!?」
フレドリックが大剣を掴み、鞘を抜いた。
「エミリア、ライアンを守れ!」
「はい!」
名無しの声に、エミリアはライアンの元へと駆けつけた。
「神の光よ悪しきものより我らを守れ、『天壁』!」
そしてエミリアは防御障壁を展開した。ライアンとエミリアはその障壁の影に隠れ、名無しとフレドリックは武器を構えてその前に立った。
「何者だ!」
フレドリックが低い声で怒鳴ると、茂みの影から男達が飛び出してきた。
「……」
彼らは無言のまま、剣を振りかざし襲ってきた。
「ぬあああ!」
フレドリックは襲って来た男を脳天から大剣でかち割った。名無しも男達の刃を避け、その脇腹を蹴り上げる。そしてこめかみや鼻柱を小剣の柄で殴り倒した。
「アル!?」
フレドリックは襲っていくる敵を袈裟懸けに切り倒しながら、名無しの動きを見て戸惑いの声をあげた。
フレドリックには理解が出来なかった。あの炎の弾は自分達への明かな殺意である。なのに名無しは相手を殺そうとしなかった。
「……なにしているんです! アル!!」
「……」
苛立つフレドリックの動きは知らず知らず大振りになっていた。その隙間を名無しは縦横無尽に駆け回り、攻撃を仕掛けていく。ただし、殺さずに。
「じいさん、お喋りしている場合か」
襲撃者の数は多かった。フレドリックが切り捨てたのは三人、名無しが昏倒させたのは七人。
「後はあいつか」
「ひっ……」
おそらくは最初に炎の魔法攻撃をしかけてきた魔法使いである。彼はおそらく近接の攻撃には長けていないのであろう、前の男達の後ろからちょこちょこと火魔法を放っていた。そして、戦いの末に前の男達が倒されるとたった一人取り残されてしまった。
「……ぶん殴られるのととっ捕まえられるのどっちがいい?」
「……捕まる方で……」
男はへなへなと座り込むと名無しに向かって両手を挙げた。名無しはそれでも周囲を念の為伺ったが、もう人気も殺気もないようだった。
「エミリア! 障壁はもういい、拘束を!」
「分かりました……『天縛』」
エミリアの手から伸びた光の筋が、魔法使いの男とまだ生きている名無しが仕留めた男を拘束する。
「お前、誰を狙ってきた」
名無しは魔法使いの男の喉元に小剣の刃を突きつけた。ぐっと押しつけられた鋭い剣先が男の喉に赤い筋を描いた。
「我々は……」
男はがたがたと震えながら、ようやく口を開いた。
「ラ、ライアン様を迎えに……」
「へぇ、あれがお迎えか」
名無しがその下手な言い訳を鼻で笑うと、フレドリックが男の肩をがっと掴んだ。フレドリックは額に青筋を立てて男に詰め寄った。
「ライアン様をどうするつもりだったのだ!」
「……ぐっ」
「答えよ!」
フレドリックは男の首をぎりぎりと締め上げた。
「……おい、それでは何も吐けまい」
「む……」
フレドリックが名無しの言葉に少し冷静になったのか、その手を緩めた。すると男は媚びるような笑みを浮かべて、震えながら口を開いた。
「ライアン様を殺せと……アーロイス様が……」
「やはり……!」
フレドリックはその言葉を聞くと再び男の首を締め上げた。
「ぐっ、げっ……」
ごきり、と音がして男はビクビクと体を震わせた。そして……その体からぐったりと力が抜けると、もう二度と起き上がれなくなった。
「この者達は! 真の王たるものがなにか、何も分かっていない!」
そう叫ぶと、フレドリックは大剣を手にするとエミリアの拘束していた男達の首を次々と跳ねた。街道がその首から吹きだした血で赤く染まる。
それを見たエミリアとライアンの顔色がみるみる青くなっていく。
「フレドリック」
「アル! お前は何なのだ! このように襲われながら、何故手を下さなかった!」
「それは……」
「不殺の誓いでも立てているのか!?」
「いや」
荒ぶるフレドリックを前に名無しは上手く言葉に出来なかった。なぜ、殺さないのか。元々はエミリアに諭されたからである。奪うものはいずれ奪われるのだと。
それから名無しは自然と人殺しを避けてきた。その刃を人に向ける度、大切な……あの素朴な村の人々、父親と慕うクロエの笑顔……それらが名無しのどこかで僅かによぎっていた。
「ならば! 守る時は剣を取れ! アル。私は守る為に血に染まる事など恐れぬ!」
無言でフレドリックを見つめる名無しに、フレドリックはそう叫んだ。
「エミリア、そろそろ休憩をしよう」
「いえ、でもあと少し……」
名無しがエミリアに休息を促すと、エミリアは首を振った。
「大丈夫、距離は順調だ。別に村に着いたからといって安全という訳ではない」
そんなエミリアにライアンはそう言った。
「私は休む。何かあった時にふらふらではどうしようもないからな」
「ほら、ライアンもああ言ってる」
「では……」
そこでようやく一行はしばしの休憩を取ることになった。パンにあり合わせのハムやチーズを挟んで食べつつ、フレドリックの淹れたお茶を戴く。
「ふう……」
エミリアはスカートを少しまくり上げてふくらはぎを揉んだ。
「痛いのか?」
「ええ、少しですけど」
苦笑しながら足を揉むエミリア。それを見て名無しは何か違和感を感じた。
「そういえばエミリアは回復魔法が使えるんじゃ……」
「簡単な回復魔法なら使えますよ。……でもこの旅では私は回復魔法を自分に使うことは禁じています」
「それも巡礼の掟か……。誰かが見張ってる訳でもないだろうに」
「アル。誰も見ていなくても神が見ています」
エミリアは真面目な顔をして、アルを見つめた。
「……それがなくても、自分が見ているでしょう。自分が自分を裏切ってはいけません」
「自分を裏切る……か」
「ええ。あっ、すみません。また私は説教臭く……」
「いいや。すまなかったな。まぁ頑張れ」
名無しはエミリアの飲み終わったカップを取り上げて、川でさっと洗おうとした時だった。
名無しは殺気を感じて振り返った。途端に飛んで来たのは炎の塊である。
「くっ!」
名無しは自らその火に向かって身をさらけ出した。顔の前に組んだ手の魔法防御の手甲が作動し、炎を打ち砕いた。
「て、敵襲!?」
フレドリックが大剣を掴み、鞘を抜いた。
「エミリア、ライアンを守れ!」
「はい!」
名無しの声に、エミリアはライアンの元へと駆けつけた。
「神の光よ悪しきものより我らを守れ、『天壁』!」
そしてエミリアは防御障壁を展開した。ライアンとエミリアはその障壁の影に隠れ、名無しとフレドリックは武器を構えてその前に立った。
「何者だ!」
フレドリックが低い声で怒鳴ると、茂みの影から男達が飛び出してきた。
「……」
彼らは無言のまま、剣を振りかざし襲ってきた。
「ぬあああ!」
フレドリックは襲って来た男を脳天から大剣でかち割った。名無しも男達の刃を避け、その脇腹を蹴り上げる。そしてこめかみや鼻柱を小剣の柄で殴り倒した。
「アル!?」
フレドリックは襲っていくる敵を袈裟懸けに切り倒しながら、名無しの動きを見て戸惑いの声をあげた。
フレドリックには理解が出来なかった。あの炎の弾は自分達への明かな殺意である。なのに名無しは相手を殺そうとしなかった。
「……なにしているんです! アル!!」
「……」
苛立つフレドリックの動きは知らず知らず大振りになっていた。その隙間を名無しは縦横無尽に駆け回り、攻撃を仕掛けていく。ただし、殺さずに。
「じいさん、お喋りしている場合か」
襲撃者の数は多かった。フレドリックが切り捨てたのは三人、名無しが昏倒させたのは七人。
「後はあいつか」
「ひっ……」
おそらくは最初に炎の魔法攻撃をしかけてきた魔法使いである。彼はおそらく近接の攻撃には長けていないのであろう、前の男達の後ろからちょこちょこと火魔法を放っていた。そして、戦いの末に前の男達が倒されるとたった一人取り残されてしまった。
「……ぶん殴られるのととっ捕まえられるのどっちがいい?」
「……捕まる方で……」
男はへなへなと座り込むと名無しに向かって両手を挙げた。名無しはそれでも周囲を念の為伺ったが、もう人気も殺気もないようだった。
「エミリア! 障壁はもういい、拘束を!」
「分かりました……『天縛』」
エミリアの手から伸びた光の筋が、魔法使いの男とまだ生きている名無しが仕留めた男を拘束する。
「お前、誰を狙ってきた」
名無しは魔法使いの男の喉元に小剣の刃を突きつけた。ぐっと押しつけられた鋭い剣先が男の喉に赤い筋を描いた。
「我々は……」
男はがたがたと震えながら、ようやく口を開いた。
「ラ、ライアン様を迎えに……」
「へぇ、あれがお迎えか」
名無しがその下手な言い訳を鼻で笑うと、フレドリックが男の肩をがっと掴んだ。フレドリックは額に青筋を立てて男に詰め寄った。
「ライアン様をどうするつもりだったのだ!」
「……ぐっ」
「答えよ!」
フレドリックは男の首をぎりぎりと締め上げた。
「……おい、それでは何も吐けまい」
「む……」
フレドリックが名無しの言葉に少し冷静になったのか、その手を緩めた。すると男は媚びるような笑みを浮かべて、震えながら口を開いた。
「ライアン様を殺せと……アーロイス様が……」
「やはり……!」
フレドリックはその言葉を聞くと再び男の首を締め上げた。
「ぐっ、げっ……」
ごきり、と音がして男はビクビクと体を震わせた。そして……その体からぐったりと力が抜けると、もう二度と起き上がれなくなった。
「この者達は! 真の王たるものがなにか、何も分かっていない!」
そう叫ぶと、フレドリックは大剣を手にするとエミリアの拘束していた男達の首を次々と跳ねた。街道がその首から吹きだした血で赤く染まる。
それを見たエミリアとライアンの顔色がみるみる青くなっていく。
「フレドリック」
「アル! お前は何なのだ! このように襲われながら、何故手を下さなかった!」
「それは……」
「不殺の誓いでも立てているのか!?」
「いや」
荒ぶるフレドリックを前に名無しは上手く言葉に出来なかった。なぜ、殺さないのか。元々はエミリアに諭されたからである。奪うものはいずれ奪われるのだと。
それから名無しは自然と人殺しを避けてきた。その刃を人に向ける度、大切な……あの素朴な村の人々、父親と慕うクロエの笑顔……それらが名無しのどこかで僅かによぎっていた。
「ならば! 守る時は剣を取れ! アル。私は守る為に血に染まる事など恐れぬ!」
無言でフレドリックを見つめる名無しに、フレドリックはそう叫んだ。