再び道を行く名無し達一行。まだ日の高いうちではあったが目的地の次の村が見えて来た。ここを飛ばして野宿をして次の村に行くという手もあったのだが、ライアンがいた事で事情が変わった。
「大丈夫なんだろうか。私は野宿でも構わないぞ」
そう呟いたライアンの背中をフレドリックがさすった。
「ライアン様。野宿なんてした事ないでしょう。なぁに不逞の輩なぞこの私がぶっ飛ばしてやりますよ」
「……無理するな」
名無しもそうライアンに声をかけた。先を歩いていたエミリアも振り返って掌を掲げた。その手に光が溢れる。
「そうそう、私も泥棒を捕まえることくらいなら……気が付けばですけど」
「光魔法……」
光魔法を使える人間は少ない。故に神聖視され、幼いうちにその素養を見いだされたものは主に教会に属する事が多かった。エミリアもその一人である。
「頼もしいな」
「ええ。ですから大丈夫です! まだ旅は続きますよ!」
こうして名無し達は次の村へと入っていった。その村は本当に小さくて、数件の家と教会しかなかった。聖都への道筋からもちょっと外れた、忘れられかけている貧しき村である。
「申し訳ないのですが……この教会は狭くて、これだけの人数は泊まれません。村の使ってない家がありますんでそちらでもいいですか」
訪ねた村の司祭は心から申し訳なさそうにそう言って村の外れの家の鍵を渡してくれた。
「ありがとう、かまわんよ」
フレドリックが笑顔でその鍵を受け取り、向かった先は半分崩れた石壁に朽ちかけた屋根の廃屋であった。ヨハン爺さんの家よりひどい、と名無しは思った。
「これは……家か?」
思わず呟いたライアン。エミリアも苦笑いしながらその家を見た。
「屋根があるだけ良しとしましょう」
「まぁ……外から襲ってくる分には分かりやすくていい」
名無しはそう言って先頭を切ってその家の扉を開けた。ベッドはあるものの、寝藁は半ば地面に吹き飛び、木が剥き出しになっていた。
「……せめて藁はもらってこようか」
「そ、それなら私が」
その惨状を見たフレドリックが集落の中心に引き返した。その間にエミリアが暖炉の様子を見た。
「駄目ですね。木の葉かなんかが詰まってます」
「そうするとどうなるんだ?」
そうライアンは聞いた。
「火を焚いたらこの家中煤だらけになります。手も顔も真っ黒になっちゃいます」
「それは困るな」
そうしている間にフレドリックが敷き藁を貰って馬に積んで戻って来た。新しい藁を敷いてそれぞれマントをかぶせればとりあえずは眠れそうな寝床ができた。これでようやく夜を迎える準備はできた。
「うーん、それにしてもまだ日も高いし……ライアン様、久々にやりますか!」
「ええ……?」
フレドリックは茂みの中から手頃な木の枝を見つけ出して、ひとつをライアンに渡した。
「何するつもりだ?」
名無しがそう聞くと、フレドリックはにっこりと笑顔でこう返事した。
「剣の稽古です」
「こんな所まできてやらなくてもいいだろう」
「さあ、かかって来なさい!」
両手を広げたフレドリックに、ライアンは諦めたようにため息をついて向かっていった。
「やっ、やあ!」
「甘い甘い! 腰が入ってませんぞ」
大柄なフレドリックが片手の棒きれ一本でライアンをいなしていく様はまるで子猫をじゃらつかせているようである。
「まあフレドリックさんも強いんですね」
「あのガタイで子供に負けたら見かけ倒しにも程があるだろ」
感心しながら見ているエミリアの横で名無しは半分呆れながらちゃんばらごっこをしている二人を見ていた。
「やめだやめだ!」
「もう降参ですか、ライアン様」
「……お前の相手が嫌だと言ったんだ」
もう何回もフレドリックに吹っ飛ばされているライアンがわめいた。
「そんなすぐに諦めては立派なお……大人になれませんよ」
「うるさいな……」
フレドリックのお小言を聞き流しながら、ライアンは名無しを見つめた。そしてつかつかと近づいた。
「アル。ちょっと相手してくれ」
「……はぁ?」
名無しはぽかんとしてライアンを見返した。
「なんで?」
「フレドリックは規格外過ぎて的にならん。普通の体型の男がいい」
「……って言われてもな……」
名無しに剣の稽古の経験は無い。常に実戦で自分の命を晒しながら腕を磨いてきた。殺さない程度の手加減も最近覚えたようなものだ。
「怪我するぞ」
「かまわん」
名無しはふう、と息を吐いた。そして地面をつま先でなぞって円を描いた。そして少し迷った後、腰の小剣を外して置いた。
「俺はここから出ない。それでいいなら」
「……分かった」
ライアンは言うが早いか、棒きれを振り上げて名無しにかかって行った。
「がら空きだ」
名無しはそのライアンの胴を素手で打ち据えた。バランスを崩したライアンが地面に転がる。フレドリックは一瞬息を飲んだが、ぐっと堪えてそれを見守った。
「まだ!」
ライアンは再び立ち上がり、名無しに蹴飛ばされたり小突かれたりしても何度も名無しに向かってきた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「はーい、そこまで! ご飯を作りますよ!」
肩で息をしているライアンにエミリアが声をかけた。
「ここまでだな」
「……」
ライアンはぺこりと名無しに頭を下げた。そしてどたっと大の字に寝転んだ。名無しは焚き火用の枯れ木を集めているエミリアとフレドリックを見ながら、ライアンに尋ねた。
「なんで俺が的の方が良かったんだ」
「……倒さねばならない男がいる」
「ふーん」
それはアーロイスの事だろうかと名無しは思った。ライアンは自らの手で叔父にあたるアーロイスを討ち取るつもりなのだろうか。
「とにかく……まずは身を守ることから覚えろよ」
名無しは荷物の中から小ぶりなナイフを取りだし、ライアンに渡した。
「刃物にまず慣れろ。それから手に持って馴染ませるといい」
「あ……ありがとう……」
ライアンは少し驚いた顔をしながらそれを受け取った。その後ろには夕暮れの向こうの夜の暗闇を背景に、炊事の煙が空に立ち上っていた。
「大丈夫なんだろうか。私は野宿でも構わないぞ」
そう呟いたライアンの背中をフレドリックがさすった。
「ライアン様。野宿なんてした事ないでしょう。なぁに不逞の輩なぞこの私がぶっ飛ばしてやりますよ」
「……無理するな」
名無しもそうライアンに声をかけた。先を歩いていたエミリアも振り返って掌を掲げた。その手に光が溢れる。
「そうそう、私も泥棒を捕まえることくらいなら……気が付けばですけど」
「光魔法……」
光魔法を使える人間は少ない。故に神聖視され、幼いうちにその素養を見いだされたものは主に教会に属する事が多かった。エミリアもその一人である。
「頼もしいな」
「ええ。ですから大丈夫です! まだ旅は続きますよ!」
こうして名無し達は次の村へと入っていった。その村は本当に小さくて、数件の家と教会しかなかった。聖都への道筋からもちょっと外れた、忘れられかけている貧しき村である。
「申し訳ないのですが……この教会は狭くて、これだけの人数は泊まれません。村の使ってない家がありますんでそちらでもいいですか」
訪ねた村の司祭は心から申し訳なさそうにそう言って村の外れの家の鍵を渡してくれた。
「ありがとう、かまわんよ」
フレドリックが笑顔でその鍵を受け取り、向かった先は半分崩れた石壁に朽ちかけた屋根の廃屋であった。ヨハン爺さんの家よりひどい、と名無しは思った。
「これは……家か?」
思わず呟いたライアン。エミリアも苦笑いしながらその家を見た。
「屋根があるだけ良しとしましょう」
「まぁ……外から襲ってくる分には分かりやすくていい」
名無しはそう言って先頭を切ってその家の扉を開けた。ベッドはあるものの、寝藁は半ば地面に吹き飛び、木が剥き出しになっていた。
「……せめて藁はもらってこようか」
「そ、それなら私が」
その惨状を見たフレドリックが集落の中心に引き返した。その間にエミリアが暖炉の様子を見た。
「駄目ですね。木の葉かなんかが詰まってます」
「そうするとどうなるんだ?」
そうライアンは聞いた。
「火を焚いたらこの家中煤だらけになります。手も顔も真っ黒になっちゃいます」
「それは困るな」
そうしている間にフレドリックが敷き藁を貰って馬に積んで戻って来た。新しい藁を敷いてそれぞれマントをかぶせればとりあえずは眠れそうな寝床ができた。これでようやく夜を迎える準備はできた。
「うーん、それにしてもまだ日も高いし……ライアン様、久々にやりますか!」
「ええ……?」
フレドリックは茂みの中から手頃な木の枝を見つけ出して、ひとつをライアンに渡した。
「何するつもりだ?」
名無しがそう聞くと、フレドリックはにっこりと笑顔でこう返事した。
「剣の稽古です」
「こんな所まできてやらなくてもいいだろう」
「さあ、かかって来なさい!」
両手を広げたフレドリックに、ライアンは諦めたようにため息をついて向かっていった。
「やっ、やあ!」
「甘い甘い! 腰が入ってませんぞ」
大柄なフレドリックが片手の棒きれ一本でライアンをいなしていく様はまるで子猫をじゃらつかせているようである。
「まあフレドリックさんも強いんですね」
「あのガタイで子供に負けたら見かけ倒しにも程があるだろ」
感心しながら見ているエミリアの横で名無しは半分呆れながらちゃんばらごっこをしている二人を見ていた。
「やめだやめだ!」
「もう降参ですか、ライアン様」
「……お前の相手が嫌だと言ったんだ」
もう何回もフレドリックに吹っ飛ばされているライアンがわめいた。
「そんなすぐに諦めては立派なお……大人になれませんよ」
「うるさいな……」
フレドリックのお小言を聞き流しながら、ライアンは名無しを見つめた。そしてつかつかと近づいた。
「アル。ちょっと相手してくれ」
「……はぁ?」
名無しはぽかんとしてライアンを見返した。
「なんで?」
「フレドリックは規格外過ぎて的にならん。普通の体型の男がいい」
「……って言われてもな……」
名無しに剣の稽古の経験は無い。常に実戦で自分の命を晒しながら腕を磨いてきた。殺さない程度の手加減も最近覚えたようなものだ。
「怪我するぞ」
「かまわん」
名無しはふう、と息を吐いた。そして地面をつま先でなぞって円を描いた。そして少し迷った後、腰の小剣を外して置いた。
「俺はここから出ない。それでいいなら」
「……分かった」
ライアンは言うが早いか、棒きれを振り上げて名無しにかかって行った。
「がら空きだ」
名無しはそのライアンの胴を素手で打ち据えた。バランスを崩したライアンが地面に転がる。フレドリックは一瞬息を飲んだが、ぐっと堪えてそれを見守った。
「まだ!」
ライアンは再び立ち上がり、名無しに蹴飛ばされたり小突かれたりしても何度も名無しに向かってきた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「はーい、そこまで! ご飯を作りますよ!」
肩で息をしているライアンにエミリアが声をかけた。
「ここまでだな」
「……」
ライアンはぺこりと名無しに頭を下げた。そしてどたっと大の字に寝転んだ。名無しは焚き火用の枯れ木を集めているエミリアとフレドリックを見ながら、ライアンに尋ねた。
「なんで俺が的の方が良かったんだ」
「……倒さねばならない男がいる」
「ふーん」
それはアーロイスの事だろうかと名無しは思った。ライアンは自らの手で叔父にあたるアーロイスを討ち取るつもりなのだろうか。
「とにかく……まずは身を守ることから覚えろよ」
名無しは荷物の中から小ぶりなナイフを取りだし、ライアンに渡した。
「刃物にまず慣れろ。それから手に持って馴染ませるといい」
「あ……ありがとう……」
ライアンは少し驚いた顔をしながらそれを受け取った。その後ろには夕暮れの向こうの夜の暗闇を背景に、炊事の煙が空に立ち上っていた。