名無しはそれからも、何度かクロエに事実を話そうとしたが、クロエのあどけない鳶色の瞳を見ていると、どうしても言い出す事が出来ないでいた。そんな毎日が続いた日の夕食時である。
「……ちべてっ」
クロエが突然頭を押さえて飛び上がった。名無しがなんだろうと見ているとクロエが憎々しげに天井を睨んだ。
「はーあ、ちょっと待っててね」
クロエは自分の立っていた所に器を置いた。ヨハン爺さんは窓を開いて、外を覗いた。
「いつの間にやら随分降ってきとるわい」
この家は名無しが廃屋と間違えたくらいのあばら屋だ。夜に降り出した雨は、やがて部屋のあちこちに雨漏りの染みを作った。
「んもう!」
クロエはぷりぷりしながら雨漏りの場所に空いた器を置いていった。やがて水が貯まるとポチャンポチャンと水音がなる。
「もー! うるさいぞー」
「すまんの、クロエ。わしが腰が悪くて屋根に上がれんもんだから」
「しょうがないよおじいちゃん」
名無しはしばらく落ちてくる雨水を見つめていた。それが屋根の隙間から落ちてくるのだとようやく理解すると、名無しは立ち上がった。
「パパ? どうしたの」
「ちょっと屋根の穴を塞いでくる」
「雨だよ?」
「問題無い」
名無しはマントをかぶると、ドアを開いた。
「これこれ、忘れ物じゃよ」
後から追ってきたヨハンが、板と大工道具を名無しに手渡す。
「……ありがとう」
名無しは外に出た。かなりの雨が降っている。名無しは飛びあがり、片手で屋根に取りつくとスルスルと屋根に登った。
「ここか」
見て分かる穴を見つけた名無しはそこに板をあてがった。しかし風でそのままでは板が動いてしまう。
「何かで止めるのか……これか?」
名無しは釘を見つけ出した。そして金槌も。そして名無しは釘を打とうと金槌を振り抜いた。ガギィ! と音を立てて金槌は釘……だけじゃなくその下の板、そしてさらに下の屋根をぶち抜いた。
「しまった……」
より一層広がってしまった屋根を見て、名無しは呆然とした。
「パパー! すごい音がしたけど大丈夫!?」
「だ……大丈夫だ!」
名無しは身につけていたマントを脱ぐと、屋根に覆いかぶせた。そして素早く下に降り、手ごろな石をいくつか持ってまた屋根に上がった。
「とりあえずこれで……」
風に飛ばされないように石の重しをマントに乗せて名無しはなんとか屋根の穴を塞いだ。
「終わったの?」
部屋に戻るとクロエが布を渡してくれた。
「ああ」
その布で雨を拭き取りながら名無しは答える。
「雨漏りやんだよ。ありがとうパパ」
「……ああ」
名無しは、気まずく頬を掻きながら答えた。
翌日、名無しはヨハン爺さんとクロエが畑に出たのを見届けてから、リックの元を訪ねた。雨は夜のうちに止み、太陽が出ている。名無しがリックの家を訪ねると、あの人の良さそうな顔で出迎えてくれた。
「なんだって?」
「その……屋根の直し方を教えて欲しい」
名無しがそう言うと、リックは驚いた顔をしていたが、すぐに大工道具を手にヨハン爺さんの家まで着いて来てくれた。
「はしごとってくれ」
「これか」
リックははしごを使って屋根に登ると、その惨状を見た。思わず笑いがこみ上げる。
「ぶはは、これあんたがやったのかい?」
「ああ」
「しょうがねえなあ、このリック様の腕前を見せてやるよ。ほら上がってこい」
「分かった」
名無しがはしごも使わずひらりと屋根に登るとリックは驚いた顔で名無しを見つめた。
「身軽なんだな」
「これくらいは何でもない」
「そ……そうかな?」
リックは気を取り直して名無しの置いたマントを剥ぐと穴の具合を見た。
「板を止めようとしたら下まで打ち抜いてしまった」
「ははは、こういうのは力任せにしちゃだめなんだよ」
リックは名無しの止めた板を外し、空いた屋根の周辺の板も切り取った。
「穴が余計に大きくなった」
「素人は黙ってみてな」
名無しはリックにそう言われて素直に黙った。リックは穴に合わせて板を切り取ると、器用に元からあった屋根に継いでトントン、と金槌で釘を打った。
「そんなもんでいいのか」
「ああそうさ」
リックはその他に小さな穴も補修して屋根から降りた。
「すまなかった。助かった」
「いいって事よ」
「これは少ないが……」
名無しが財布を出そうとするとリックは慌ててそれを止めた。
「いいんだ、いいんだやめてくれ。こっちもヨハン爺さんが雨漏りで困ってるのに気づかなかったんだし」
「……そうか。何か困った事があったら言ってくれ。力になる」
「うーん……」
リックの顔には屋根を治そうとして壊してしまうあんたが? と書いてある。
「その、力仕事とか」
「ああ! その時は頼むぜ」
リックは陽気に手を振って鼻歌まじりに去っていった。
「あっ、屋根が直ってる!」
「本当じゃ」
畑から帰ってきたヨハン爺さんとクロエが屋根を見て叫んだ。
「リックに直して貰った」
「そっかー、あとでお礼言っとこ!」
名無しは自分の手を見た。魔王すら屠ったこの手。しかし屋根のひとつも直せやしない。
「力任せにせず、トントン……」
「パパー! なにしてるの! ごはんにするよ!」
「……ああ今行く」
名無しはクロエの声に我に返ると、家へと戻った。
「……ちべてっ」
クロエが突然頭を押さえて飛び上がった。名無しがなんだろうと見ているとクロエが憎々しげに天井を睨んだ。
「はーあ、ちょっと待っててね」
クロエは自分の立っていた所に器を置いた。ヨハン爺さんは窓を開いて、外を覗いた。
「いつの間にやら随分降ってきとるわい」
この家は名無しが廃屋と間違えたくらいのあばら屋だ。夜に降り出した雨は、やがて部屋のあちこちに雨漏りの染みを作った。
「んもう!」
クロエはぷりぷりしながら雨漏りの場所に空いた器を置いていった。やがて水が貯まるとポチャンポチャンと水音がなる。
「もー! うるさいぞー」
「すまんの、クロエ。わしが腰が悪くて屋根に上がれんもんだから」
「しょうがないよおじいちゃん」
名無しはしばらく落ちてくる雨水を見つめていた。それが屋根の隙間から落ちてくるのだとようやく理解すると、名無しは立ち上がった。
「パパ? どうしたの」
「ちょっと屋根の穴を塞いでくる」
「雨だよ?」
「問題無い」
名無しはマントをかぶると、ドアを開いた。
「これこれ、忘れ物じゃよ」
後から追ってきたヨハンが、板と大工道具を名無しに手渡す。
「……ありがとう」
名無しは外に出た。かなりの雨が降っている。名無しは飛びあがり、片手で屋根に取りつくとスルスルと屋根に登った。
「ここか」
見て分かる穴を見つけた名無しはそこに板をあてがった。しかし風でそのままでは板が動いてしまう。
「何かで止めるのか……これか?」
名無しは釘を見つけ出した。そして金槌も。そして名無しは釘を打とうと金槌を振り抜いた。ガギィ! と音を立てて金槌は釘……だけじゃなくその下の板、そしてさらに下の屋根をぶち抜いた。
「しまった……」
より一層広がってしまった屋根を見て、名無しは呆然とした。
「パパー! すごい音がしたけど大丈夫!?」
「だ……大丈夫だ!」
名無しは身につけていたマントを脱ぐと、屋根に覆いかぶせた。そして素早く下に降り、手ごろな石をいくつか持ってまた屋根に上がった。
「とりあえずこれで……」
風に飛ばされないように石の重しをマントに乗せて名無しはなんとか屋根の穴を塞いだ。
「終わったの?」
部屋に戻るとクロエが布を渡してくれた。
「ああ」
その布で雨を拭き取りながら名無しは答える。
「雨漏りやんだよ。ありがとうパパ」
「……ああ」
名無しは、気まずく頬を掻きながら答えた。
翌日、名無しはヨハン爺さんとクロエが畑に出たのを見届けてから、リックの元を訪ねた。雨は夜のうちに止み、太陽が出ている。名無しがリックの家を訪ねると、あの人の良さそうな顔で出迎えてくれた。
「なんだって?」
「その……屋根の直し方を教えて欲しい」
名無しがそう言うと、リックは驚いた顔をしていたが、すぐに大工道具を手にヨハン爺さんの家まで着いて来てくれた。
「はしごとってくれ」
「これか」
リックははしごを使って屋根に登ると、その惨状を見た。思わず笑いがこみ上げる。
「ぶはは、これあんたがやったのかい?」
「ああ」
「しょうがねえなあ、このリック様の腕前を見せてやるよ。ほら上がってこい」
「分かった」
名無しがはしごも使わずひらりと屋根に登るとリックは驚いた顔で名無しを見つめた。
「身軽なんだな」
「これくらいは何でもない」
「そ……そうかな?」
リックは気を取り直して名無しの置いたマントを剥ぐと穴の具合を見た。
「板を止めようとしたら下まで打ち抜いてしまった」
「ははは、こういうのは力任せにしちゃだめなんだよ」
リックは名無しの止めた板を外し、空いた屋根の周辺の板も切り取った。
「穴が余計に大きくなった」
「素人は黙ってみてな」
名無しはリックにそう言われて素直に黙った。リックは穴に合わせて板を切り取ると、器用に元からあった屋根に継いでトントン、と金槌で釘を打った。
「そんなもんでいいのか」
「ああそうさ」
リックはその他に小さな穴も補修して屋根から降りた。
「すまなかった。助かった」
「いいって事よ」
「これは少ないが……」
名無しが財布を出そうとするとリックは慌ててそれを止めた。
「いいんだ、いいんだやめてくれ。こっちもヨハン爺さんが雨漏りで困ってるのに気づかなかったんだし」
「……そうか。何か困った事があったら言ってくれ。力になる」
「うーん……」
リックの顔には屋根を治そうとして壊してしまうあんたが? と書いてある。
「その、力仕事とか」
「ああ! その時は頼むぜ」
リックは陽気に手を振って鼻歌まじりに去っていった。
「あっ、屋根が直ってる!」
「本当じゃ」
畑から帰ってきたヨハン爺さんとクロエが屋根を見て叫んだ。
「リックに直して貰った」
「そっかー、あとでお礼言っとこ!」
名無しは自分の手を見た。魔王すら屠ったこの手。しかし屋根のひとつも直せやしない。
「力任せにせず、トントン……」
「パパー! なにしてるの! ごはんにするよ!」
「……ああ今行く」
名無しはクロエの声に我に返ると、家へと戻った。