「ただし、こちらの事情には立ち入らないで欲しい……できるか」
「……ああ」
ライアンの口調ははっきりとしていて、昨日のただ我が儘な印象とは少々異なっていた。
「では、行こう」
「ああ。……動くなよ」
「うわっ!?」
名無しはライアンを抱き上げると、馬に乗せた。ライアンは急に持ち上げられて慌てた声を出して鞍にしがみついた。
「あっ、すみません……」
フレドリックは一瞬焦った顔をしたが、名無しの意図が分かると頭を下げた。
「この坊ちゃんには、この荒れた街道はきついだろ」
「……ふん」
「それにしても……なんの一団かわからんな、こりゃ」
名無しは同行する事になった一行を眺めた。このバラバラな面子をどう他人に説明すればいいのだろう。
「それなら……」
エミリアは巡礼者のローブを脱いだ。
「これで、私のライアン君は姉弟……で、家族という事にしておけば」
そうしてにっこりと微笑んだが、次の瞬間春先の冷気に身を震わせた。
「おい……毛布しかないぞ」
「良かったらこれを使ってください」
フレドリックが荷物から赤い金糸の入ったマントを引っ張りだした。かなり上等なものに見える。
「いいんですか」
「かまわん。もう着ない」
エミリアがそれを受け取ると、ライアンが短くそう答えた。それをそのまま身につけようとしたところで、名無しはそのマントを引っぺがした。
「アル……?」
そのまま、名無しはそのマントを道に放り投げ、踏みつけた。
「何するんです!」
「……目立ちすぎる。あんたがその灰色のローブを脱いでくれたのはありがたいが、ちょっとこれは上等すぎだ」
名無しは泥の付いたマントを拾い、軽くはたくとエミリアに着せた。
「これでいい」
「ありがとうございます……」
エミリアがマント留め具を止めている間に、名無しはライアンとフレドリックを振り返った。
「ライアン坊ちゃんと、エミリア嬢さん。フレドリックはその祖父。父親が亡くなって聖都の親戚の元に身を寄せる途中……ってとこか」
「アルは……?」
「これまで通り護衛でいいだろう。あんまり嘘を重ねるとボロがでる。いいか?」
名無しはライアンに聞いた。ライアンは馬上から名無しを見下ろし、しばらく黙っていたが、こくりと頷いた。
「……いいだろう。ただ……父親ではなく母親という設定にしてくれ」
「……? ああ」
名無しはライアンの口ぶりに妙なこだわりを感じたが、先程約束した通り詮索はしなかった。
「では、向かいましょう!」
エミリアは先頭を切って歩き出した。その後ろを名無し達がぞろぞろと着いてくる。そして広い丘の見える道に差し掛かったところで、名無し達はいったん休憩を取ることにした。
「それでは神に感謝していただきましょう」
「はい!」
元気に答えたのはフレドリックのみである。今日の昼食は教会で用意してもらったパンと果物だ。
「ちょっと待って下さい」
フレドリックは背中の荷物を降ろすと、ポットのようなものを取りだした。
「あら……それは……」
「ええ。湯沸かしの魔道具です」
「こんな立派なの、初めて見ました」
エミリアはその道具を見て驚いた。その魔道具には魔石と精緻な蔦模様に彩られていた。フレドリックはそれを使って湯を沸かすと、その図体から考えられないような繊細な手つきでお茶をいれた。
「さぁ、昼食のお供にお茶をどうぞ」
「まあ。いただきます」
名無しとエミリアはカップを受け取り、一口飲んだ。芳しい香りとほのかに果物のような甘さを感じる。さすがの名無しにもこれは特級の茶葉であることがわかった。
「美味しいです!」
「それは良かった」
フレドリックはにっこりと微笑んで、エミリアにお代わりを注いだ。名無しはなんの反応もなくお茶を飲んでいるライアンを見ながら、この子供の正体は一体なんなのかと考えた。
「こんな所で、こんな美味しいお茶が戴けるなんて……元気がでますね、アル」
「あ、ああ……優雅な事だな……」
名無しはもしゃもしゃとパンを平らげながらお茶を啜った。そうして休憩を取った一行は、また道を進み出した。
しばらく何もなく歩いていくと、村が見えてきた。
「暗くなる前に着いたな」
名無し達一行が村に入ると、さっそくその姿を見かけた村人が駆け寄ってきた。
「どうも、この村にどこか泊めて貰える所はないかな?」
フレドリックが村人に聞いた。大柄ながら人好きのする笑顔に、村人の警戒心が解けていくのが分かった。
「ああ、それなら教会かな。案内するよ」
「かたじけない」
こうして、名無し達は村長の家の前でしばらく待たされた。
「あんた達、旅人かい? この道を来たって事は……聖都に向かうのか?」
一行はその村の司祭にそう聞かれた。フレドリックは事前に名無しに言われた通り、聖都の親戚を頼りに向かっている、と答えた。
「それはそれは……たいしたおもてなしもできませんが」
司祭の答えに名無しとエミリアはチラリと目配せをした。目くらましにこの二人と合流してかつ変装をしておいたのは正解だったかもしれないと思った。
「それでは、案内しましょう」
一行は司祭の案内で教会の中へと進んだ。
「……ああ」
ライアンの口調ははっきりとしていて、昨日のただ我が儘な印象とは少々異なっていた。
「では、行こう」
「ああ。……動くなよ」
「うわっ!?」
名無しはライアンを抱き上げると、馬に乗せた。ライアンは急に持ち上げられて慌てた声を出して鞍にしがみついた。
「あっ、すみません……」
フレドリックは一瞬焦った顔をしたが、名無しの意図が分かると頭を下げた。
「この坊ちゃんには、この荒れた街道はきついだろ」
「……ふん」
「それにしても……なんの一団かわからんな、こりゃ」
名無しは同行する事になった一行を眺めた。このバラバラな面子をどう他人に説明すればいいのだろう。
「それなら……」
エミリアは巡礼者のローブを脱いだ。
「これで、私のライアン君は姉弟……で、家族という事にしておけば」
そうしてにっこりと微笑んだが、次の瞬間春先の冷気に身を震わせた。
「おい……毛布しかないぞ」
「良かったらこれを使ってください」
フレドリックが荷物から赤い金糸の入ったマントを引っ張りだした。かなり上等なものに見える。
「いいんですか」
「かまわん。もう着ない」
エミリアがそれを受け取ると、ライアンが短くそう答えた。それをそのまま身につけようとしたところで、名無しはそのマントを引っぺがした。
「アル……?」
そのまま、名無しはそのマントを道に放り投げ、踏みつけた。
「何するんです!」
「……目立ちすぎる。あんたがその灰色のローブを脱いでくれたのはありがたいが、ちょっとこれは上等すぎだ」
名無しは泥の付いたマントを拾い、軽くはたくとエミリアに着せた。
「これでいい」
「ありがとうございます……」
エミリアがマント留め具を止めている間に、名無しはライアンとフレドリックを振り返った。
「ライアン坊ちゃんと、エミリア嬢さん。フレドリックはその祖父。父親が亡くなって聖都の親戚の元に身を寄せる途中……ってとこか」
「アルは……?」
「これまで通り護衛でいいだろう。あんまり嘘を重ねるとボロがでる。いいか?」
名無しはライアンに聞いた。ライアンは馬上から名無しを見下ろし、しばらく黙っていたが、こくりと頷いた。
「……いいだろう。ただ……父親ではなく母親という設定にしてくれ」
「……? ああ」
名無しはライアンの口ぶりに妙なこだわりを感じたが、先程約束した通り詮索はしなかった。
「では、向かいましょう!」
エミリアは先頭を切って歩き出した。その後ろを名無し達がぞろぞろと着いてくる。そして広い丘の見える道に差し掛かったところで、名無し達はいったん休憩を取ることにした。
「それでは神に感謝していただきましょう」
「はい!」
元気に答えたのはフレドリックのみである。今日の昼食は教会で用意してもらったパンと果物だ。
「ちょっと待って下さい」
フレドリックは背中の荷物を降ろすと、ポットのようなものを取りだした。
「あら……それは……」
「ええ。湯沸かしの魔道具です」
「こんな立派なの、初めて見ました」
エミリアはその道具を見て驚いた。その魔道具には魔石と精緻な蔦模様に彩られていた。フレドリックはそれを使って湯を沸かすと、その図体から考えられないような繊細な手つきでお茶をいれた。
「さぁ、昼食のお供にお茶をどうぞ」
「まあ。いただきます」
名無しとエミリアはカップを受け取り、一口飲んだ。芳しい香りとほのかに果物のような甘さを感じる。さすがの名無しにもこれは特級の茶葉であることがわかった。
「美味しいです!」
「それは良かった」
フレドリックはにっこりと微笑んで、エミリアにお代わりを注いだ。名無しはなんの反応もなくお茶を飲んでいるライアンを見ながら、この子供の正体は一体なんなのかと考えた。
「こんな所で、こんな美味しいお茶が戴けるなんて……元気がでますね、アル」
「あ、ああ……優雅な事だな……」
名無しはもしゃもしゃとパンを平らげながらお茶を啜った。そうして休憩を取った一行は、また道を進み出した。
しばらく何もなく歩いていくと、村が見えてきた。
「暗くなる前に着いたな」
名無し達一行が村に入ると、さっそくその姿を見かけた村人が駆け寄ってきた。
「どうも、この村にどこか泊めて貰える所はないかな?」
フレドリックが村人に聞いた。大柄ながら人好きのする笑顔に、村人の警戒心が解けていくのが分かった。
「ああ、それなら教会かな。案内するよ」
「かたじけない」
こうして、名無し達は村長の家の前でしばらく待たされた。
「あんた達、旅人かい? この道を来たって事は……聖都に向かうのか?」
一行はその村の司祭にそう聞かれた。フレドリックは事前に名無しに言われた通り、聖都の親戚を頼りに向かっている、と答えた。
「それはそれは……たいしたおもてなしもできませんが」
司祭の答えに名無しとエミリアはチラリと目配せをした。目くらましにこの二人と合流してかつ変装をしておいたのは正解だったかもしれないと思った。
「それでは、案内しましょう」
一行は司祭の案内で教会の中へと進んだ。