「なっ」
突然向けられた猛烈な打撃を、名無しはすんでの所で躱した。
「……ほう」
フレドリックはその名無しの身のこなしを見て、感心したかのような声を漏らした。
「あんた馬鹿じゃないか?」
「まぁ、そう思ってもらってかまわない」
ランドルフは今度は体ごと突進してきた。名無しはザッと後ろに下がり、壁を蹴り上げ飛び上がった。くるりと空中で体勢を入れ替え、男の背後を取る。そしてすかざず、後ろ蹴りで膝の後ろを打ち抜いた。
「くっ……」
しかし屈強なフレドリックは少しバランスを崩しただけだった。剣さえ使えれば、名無しは足の筋を切ってやる所だったのだが……。
「何してる、フレドリック!」
ライアンの苛立ちを含んだ声が飛んできた。それを聞いた、フレドリックはゆっくりと振り向いた。
「この男、結構やります」
「なぁ……俺は静かにしてくれって言いに来たんだだけなんだが」
「……楽しくなってきました」
フレドリックは妙な笑顔を浮かべた。それを見た名無しは勘弁してくれと顔をしかめた。
「お手合わせ願います」
「……やだよ」
名無しは速攻で断ったが、フレドリックはまるで聞いていないようだった。そして重たい上に素早い打撃を繰り出してくる。名無しはそれを躱し、いなし、拳や肘で応酬した。
しかし体格差は歴然としている。パワーでまともに応じれば、必ず負ける。
「と、なれば……」
名無しは周囲を観察した。この状況で、名無しが有利に立つにはこの狭い空間を活用することである。名無しはあえてフレドリックの懐に入る素振りをした。
「ぬん!」
しかし、それはフェイントだ。名無しを捕らえようと伸びてきた手を足場に一気にフレドリックの肩まで駆け上がった。急に方向転換のできないフレドリックの首筋に名無しは小剣を突きつけた。
「……ここまでにしてくれ」
「参りました」
そのまま喉を掻ききられてもしかたないのに、フレドリックはなんだか満足そうに答えた。名無しはとうとう剣を抜いてしまった事を苦々しく思いながら、フレドリックの肩から降りた。
「ちょっと! じい、何やってんだよ!」
そんなフレドリックに一撃をいれたのは他ならぬライアンだった。蚊にでも刺されたように足を掻きながら、フレドリックはライアンに言った。
「いやあ、ライアン様。私にはこれ、無理みたいです」
「けっ……」
名無しはそのやりとりをじっと見ていた。ただの我が儘坊ちゃんの子守にしてはこの男は屈強すぎる。そして何故わざわざ町の宿ではなくこんな教会に身を寄せているのか。
「あー……とにかく静かにな」
「申し訳ない。言い聞かせます」
フレドリックに素直に謝られて、名無しは拍子抜けしながら自分の部屋に戻った。それにしても、なにもかも怪しすぎる二人であったが、名無しは見なかった事にしようと考えた。そして今度こそ、ベッドに転がって眠りに落ちた。
「それではどうか良き旅路を」
「ええ、ご親切にありがとうございました」
翌朝、エミリアと名無しは教会を出た。司祭は親切に昼食にとパンと果物を渡してくれた。さらに町の朝市で少し食料も買い足して二人は旅を再開した。
「さーて、今日も進みますよ!」
この先は村を三つほど経由すると国境最後の街リュッケルンに着く。
「問題はそこだな……」
巡礼者であるエミリアは問題無く国境を越えることができる。しかし名無しは国境の検問をまともに通過しようとしても、身分を証明するものもなければ通行証もない。
で、あれば夜間にでもこっそりと突破する事になるだろうが、どうしてもその間はエミリアを一人にしてしまう。
「アル? どうしたんです」
「いや……」
心配のしすぎなのかもしれない。エミリアはこれまでもずっと一人で旅してきたのだから。
「あら……」
その時である。エミリアがちょっと驚いたような顔をして振り向いた。つられて振り向いた名無しは思わず声を漏らした。
「げ……」
名無しが見たのはライアンとフレドリックだった。あちらもこっちに気づいたようで、フレドリックが会釈をした。
「ああ、そうか。巡礼の旅ですから聖都ユニオールに向かうのですね」
「まさか……」
「ええ。我々も聖都に向かう途中でして……」
「はぁ、なんでまた」
名無しは行き先が同じと聞いて、うんざりした。
「フレドリック、黙れ」
その時、ぶすっと不機嫌そうに黙っていたライアンが急に鋭い声を出した。
「しゃべりすぎだ」
「はっ……申し訳ございません」
フレドリックはしまった、といった顔をした。そんな二人にエミリアがにこやかに話しかけた。
「大丈夫ですよ。我々はただの巡礼の一行です。どうです、国境まで一緒に行きましょうか。そちらも徒歩のようですし」
「おい……」
名無しはエミリアの肩をつかんだ。しかし、ふと思い当たった。この二人が居れば……国境越えの際もエミリアを一人にせずに済むのではないかと。
「それは……」
フレドリックは戸惑ったようにライアンを見た。名無しは交渉の余地があるとみて、口を開いた。
「そっちは訳ありらしいな。我々と同行すれば目くらましになるかもしれんぞ。あと……」
名無しはそっと剣の柄に手をやった。目くらましを期待しているのは名無しも同様だったが、そんな事はおくびにもださず。
「俺はそれなりに腕が立つ。……知ってると思うが」
名無しはフレドリックではなくライアンにそう語りかけた。この場の決定権はこちら、ライアンである。ライアンは値踏みをするように名無しを見た。
「……どうぜ目的地は一緒だ。かまわん」
ライアンは名無しから視線を外すことなく、そう答えた。
突然向けられた猛烈な打撃を、名無しはすんでの所で躱した。
「……ほう」
フレドリックはその名無しの身のこなしを見て、感心したかのような声を漏らした。
「あんた馬鹿じゃないか?」
「まぁ、そう思ってもらってかまわない」
ランドルフは今度は体ごと突進してきた。名無しはザッと後ろに下がり、壁を蹴り上げ飛び上がった。くるりと空中で体勢を入れ替え、男の背後を取る。そしてすかざず、後ろ蹴りで膝の後ろを打ち抜いた。
「くっ……」
しかし屈強なフレドリックは少しバランスを崩しただけだった。剣さえ使えれば、名無しは足の筋を切ってやる所だったのだが……。
「何してる、フレドリック!」
ライアンの苛立ちを含んだ声が飛んできた。それを聞いた、フレドリックはゆっくりと振り向いた。
「この男、結構やります」
「なぁ……俺は静かにしてくれって言いに来たんだだけなんだが」
「……楽しくなってきました」
フレドリックは妙な笑顔を浮かべた。それを見た名無しは勘弁してくれと顔をしかめた。
「お手合わせ願います」
「……やだよ」
名無しは速攻で断ったが、フレドリックはまるで聞いていないようだった。そして重たい上に素早い打撃を繰り出してくる。名無しはそれを躱し、いなし、拳や肘で応酬した。
しかし体格差は歴然としている。パワーでまともに応じれば、必ず負ける。
「と、なれば……」
名無しは周囲を観察した。この状況で、名無しが有利に立つにはこの狭い空間を活用することである。名無しはあえてフレドリックの懐に入る素振りをした。
「ぬん!」
しかし、それはフェイントだ。名無しを捕らえようと伸びてきた手を足場に一気にフレドリックの肩まで駆け上がった。急に方向転換のできないフレドリックの首筋に名無しは小剣を突きつけた。
「……ここまでにしてくれ」
「参りました」
そのまま喉を掻ききられてもしかたないのに、フレドリックはなんだか満足そうに答えた。名無しはとうとう剣を抜いてしまった事を苦々しく思いながら、フレドリックの肩から降りた。
「ちょっと! じい、何やってんだよ!」
そんなフレドリックに一撃をいれたのは他ならぬライアンだった。蚊にでも刺されたように足を掻きながら、フレドリックはライアンに言った。
「いやあ、ライアン様。私にはこれ、無理みたいです」
「けっ……」
名無しはそのやりとりをじっと見ていた。ただの我が儘坊ちゃんの子守にしてはこの男は屈強すぎる。そして何故わざわざ町の宿ではなくこんな教会に身を寄せているのか。
「あー……とにかく静かにな」
「申し訳ない。言い聞かせます」
フレドリックに素直に謝られて、名無しは拍子抜けしながら自分の部屋に戻った。それにしても、なにもかも怪しすぎる二人であったが、名無しは見なかった事にしようと考えた。そして今度こそ、ベッドに転がって眠りに落ちた。
「それではどうか良き旅路を」
「ええ、ご親切にありがとうございました」
翌朝、エミリアと名無しは教会を出た。司祭は親切に昼食にとパンと果物を渡してくれた。さらに町の朝市で少し食料も買い足して二人は旅を再開した。
「さーて、今日も進みますよ!」
この先は村を三つほど経由すると国境最後の街リュッケルンに着く。
「問題はそこだな……」
巡礼者であるエミリアは問題無く国境を越えることができる。しかし名無しは国境の検問をまともに通過しようとしても、身分を証明するものもなければ通行証もない。
で、あれば夜間にでもこっそりと突破する事になるだろうが、どうしてもその間はエミリアを一人にしてしまう。
「アル? どうしたんです」
「いや……」
心配のしすぎなのかもしれない。エミリアはこれまでもずっと一人で旅してきたのだから。
「あら……」
その時である。エミリアがちょっと驚いたような顔をして振り向いた。つられて振り向いた名無しは思わず声を漏らした。
「げ……」
名無しが見たのはライアンとフレドリックだった。あちらもこっちに気づいたようで、フレドリックが会釈をした。
「ああ、そうか。巡礼の旅ですから聖都ユニオールに向かうのですね」
「まさか……」
「ええ。我々も聖都に向かう途中でして……」
「はぁ、なんでまた」
名無しは行き先が同じと聞いて、うんざりした。
「フレドリック、黙れ」
その時、ぶすっと不機嫌そうに黙っていたライアンが急に鋭い声を出した。
「しゃべりすぎだ」
「はっ……申し訳ございません」
フレドリックはしまった、といった顔をした。そんな二人にエミリアがにこやかに話しかけた。
「大丈夫ですよ。我々はただの巡礼の一行です。どうです、国境まで一緒に行きましょうか。そちらも徒歩のようですし」
「おい……」
名無しはエミリアの肩をつかんだ。しかし、ふと思い当たった。この二人が居れば……国境越えの際もエミリアを一人にせずに済むのではないかと。
「それは……」
フレドリックは戸惑ったようにライアンを見た。名無しは交渉の余地があるとみて、口を開いた。
「そっちは訳ありらしいな。我々と同行すれば目くらましになるかもしれんぞ。あと……」
名無しはそっと剣の柄に手をやった。目くらましを期待しているのは名無しも同様だったが、そんな事はおくびにもださず。
「俺はそれなりに腕が立つ。……知ってると思うが」
名無しはフレドリックではなくライアンにそう語りかけた。この場の決定権はこちら、ライアンである。ライアンは値踏みをするように名無しを見た。
「……どうぜ目的地は一緒だ。かまわん」
ライアンは名無しから視線を外すことなく、そう答えた。