名無しは襲い来る刃をサッと躱し、背後に飛びのいた。目前で光の刃がぶつかり合い四散する。
「アル……後ろ!」
しかし、放たれた光の刃は名無しの後ろにも迫っていた。それに対し名無しはただ手の甲を向ける。名無しに向かっていた光の刃はその一突きで砕け散った。
「ば、馬鹿な……上級魔法の魔法障壁……?」
「それは禁制の品のはず。王国の正規軍でもなければ手に入らないものだぞ!?」
「……生憎、お上品に決まりを守る質じゃないんでな」
名無しの手に嵌まっている手甲には魔法障壁の陣が刻んであった。
「じゃ、お喋りはここまでだ」
「ひっ」
名無しはザッと足下の残雪を蹴り上げ、拳を振り上げると男の鼻柱をへし折った。そしてその勢いを生かして後ろに回し蹴りを繰り出し、もう一人の男のみぞおちに入れる。
「……やめっ、やめてくれ」
「ずうずうしい事をいうなよ」
名無しは残った最後の男につかつかと歩み寄ると、一気に首を締め上げた。
「ぐ……ぐ……」
だらり、と男の体から力が抜けた。
「殺してないからな」
名無しは腰を抜かしたままこっちを見ているエミリアに向かって言った。
「あ……はい……」
エミリアは思わず頷いた後、ハッとして名無しを見た。
「どうしてアルがここに居るんです!?」
「……頼まれた。あんたが無事かどうか見に行ってくれと。リックと……あと坊さんまでな」
「司祭様も……?」
「ああ、神のお告げだとかなんとかって。結局、その通りだったな」
「……」
名無しは黙り込んでしまったエミリアに手を差し伸べた。
「立て。町まで送ろう」
エミリアはじっとその手を見つめたが、首を振り一人で立ち上がった。
「これは聖女になる為の巡礼です。私は徒歩で向かいます」
「そうか」
名無しはエミリアの荷物を拾いながら、道に伸びている男達を指差した。
「こいつらどうする?」
「……殺す訳にも、役人に突き出す訳にもいきません……」
「はーっ、めんどくさいな。まぁこのままにしておくか。で、あんたはなんでこいつらに襲われたんだ?」
「それは……」
口ごもったエミリアを見て、名無しはまた男達に視線を移した。
「あんたじゃなくて、こいつらに聞いてもいいんだぞ」
「……アル」
エミリアは観念したかのように目を閉じた。そして短くため息をつくと、名無しに言った。
「分かりました。道々お話しましょう。とにかくここを離れないと」
「そうだな」
名無しは馬を引いて、エミリアの後に続いた。
「……彼らは教会の者です」
「あんたの巡礼の邪魔をしてきた訳か。あの村を出るのを見計らって」
「おそらくそうです。ここまで強引な手を使ってくるとは思いませんでしたが」
「と、いう事は今までも妨害があった訳か」
エミリアは名無しをちらりと見ると、無言で頷いた。
「……ええ。ならず者をけしかけられたり、路銀を掠め取られたりした事はありました。ただ……誰が指示しているのか確信は持てなかったのです」
「じゃあ、あんたが道で倒れてたのも……」
「ええ……」
道の向こうに次の町が見えて来た。町の中に入ってさえしまえば先程のような派手な妨害行動は起こせないだろう。
「なんでそこまでしてあいつらはあんたの邪魔をするんだ?」
「……先程の顔ぶれを見て確信しました。おそらく彼らの支持する尼僧を聖女にする為だと思います。ずっと、一緒に学んできた仲間だと思っていたのですが……彼女の父親は有力貴族なのです」
エミリアはそう言って唇を噛みしめた。名無しはどこもくだらない争いばかりだ、と思った。ただ、その争いの手足となって名無しは生きてきたのだ。鼻で笑う気にはなれなかった。
「もう町です。ありがとうございました」
「……あんた、このまま旅を続ける気か? あの男達はまた何か仕掛けてくるぞ」
「承知の上です。汚いやり方がまかり通ってしまうからこそ、私は真っ直ぐに道を行かなければなりません」
エミリアはきっぱりと答えた。金糸の髪に縁取られた青い眼は強い意志を湛えている。
「……そうか」
「はい」
エミリアは名無しに背を向けて、町の入り口へと向かった。
「じゃあ、村に手紙を出さないとな。留守は数日だと言ってしまった」
「アル!? どうしてついてくるんです?」
そこで別れだとばかり思ったエミリアは、そのまま後ろをついてくる名無しを見て驚きの声をあげた。
「……理由が必要か?」
「理由というか、アルがついてくる必要はありません!」
「……俺は聖都に行ってみようかと思っているんだが……その前をたまたま巡礼者が歩いているという事もあるかもしれないな」
「なっ……な……」
エミリアはそう嘯いた名無しを見て、手を震わせ顔を真っ赤にした。エミリアにとってこの巡礼の旅は神聖なものであった。
「たった一人の力で旅してきた訳じゃないだろ」
名無しは静かに呟いた。
「人は一人じゃ生きられない、そう言ったのはあんただ」
「え……」
エミリアは名無しは聞き流しているように見えた言葉を覚えていた事に驚いた。
「あんたはあんたの道を行け。ただ……それを邪魔するやつはぶっ倒す」
「……アル」
春の初めの柔らかな夕暮れがあたりを包み込み始める中、名無しとエミリアは見つめ合った。
孤高の道を歩もうとするエミリアと拭いきれぬ過去を背負った名無し。その二人の旅がはじまろうとしていた。
「アル……後ろ!」
しかし、放たれた光の刃は名無しの後ろにも迫っていた。それに対し名無しはただ手の甲を向ける。名無しに向かっていた光の刃はその一突きで砕け散った。
「ば、馬鹿な……上級魔法の魔法障壁……?」
「それは禁制の品のはず。王国の正規軍でもなければ手に入らないものだぞ!?」
「……生憎、お上品に決まりを守る質じゃないんでな」
名無しの手に嵌まっている手甲には魔法障壁の陣が刻んであった。
「じゃ、お喋りはここまでだ」
「ひっ」
名無しはザッと足下の残雪を蹴り上げ、拳を振り上げると男の鼻柱をへし折った。そしてその勢いを生かして後ろに回し蹴りを繰り出し、もう一人の男のみぞおちに入れる。
「……やめっ、やめてくれ」
「ずうずうしい事をいうなよ」
名無しは残った最後の男につかつかと歩み寄ると、一気に首を締め上げた。
「ぐ……ぐ……」
だらり、と男の体から力が抜けた。
「殺してないからな」
名無しは腰を抜かしたままこっちを見ているエミリアに向かって言った。
「あ……はい……」
エミリアは思わず頷いた後、ハッとして名無しを見た。
「どうしてアルがここに居るんです!?」
「……頼まれた。あんたが無事かどうか見に行ってくれと。リックと……あと坊さんまでな」
「司祭様も……?」
「ああ、神のお告げだとかなんとかって。結局、その通りだったな」
「……」
名無しは黙り込んでしまったエミリアに手を差し伸べた。
「立て。町まで送ろう」
エミリアはじっとその手を見つめたが、首を振り一人で立ち上がった。
「これは聖女になる為の巡礼です。私は徒歩で向かいます」
「そうか」
名無しはエミリアの荷物を拾いながら、道に伸びている男達を指差した。
「こいつらどうする?」
「……殺す訳にも、役人に突き出す訳にもいきません……」
「はーっ、めんどくさいな。まぁこのままにしておくか。で、あんたはなんでこいつらに襲われたんだ?」
「それは……」
口ごもったエミリアを見て、名無しはまた男達に視線を移した。
「あんたじゃなくて、こいつらに聞いてもいいんだぞ」
「……アル」
エミリアは観念したかのように目を閉じた。そして短くため息をつくと、名無しに言った。
「分かりました。道々お話しましょう。とにかくここを離れないと」
「そうだな」
名無しは馬を引いて、エミリアの後に続いた。
「……彼らは教会の者です」
「あんたの巡礼の邪魔をしてきた訳か。あの村を出るのを見計らって」
「おそらくそうです。ここまで強引な手を使ってくるとは思いませんでしたが」
「と、いう事は今までも妨害があった訳か」
エミリアは名無しをちらりと見ると、無言で頷いた。
「……ええ。ならず者をけしかけられたり、路銀を掠め取られたりした事はありました。ただ……誰が指示しているのか確信は持てなかったのです」
「じゃあ、あんたが道で倒れてたのも……」
「ええ……」
道の向こうに次の町が見えて来た。町の中に入ってさえしまえば先程のような派手な妨害行動は起こせないだろう。
「なんでそこまでしてあいつらはあんたの邪魔をするんだ?」
「……先程の顔ぶれを見て確信しました。おそらく彼らの支持する尼僧を聖女にする為だと思います。ずっと、一緒に学んできた仲間だと思っていたのですが……彼女の父親は有力貴族なのです」
エミリアはそう言って唇を噛みしめた。名無しはどこもくだらない争いばかりだ、と思った。ただ、その争いの手足となって名無しは生きてきたのだ。鼻で笑う気にはなれなかった。
「もう町です。ありがとうございました」
「……あんた、このまま旅を続ける気か? あの男達はまた何か仕掛けてくるぞ」
「承知の上です。汚いやり方がまかり通ってしまうからこそ、私は真っ直ぐに道を行かなければなりません」
エミリアはきっぱりと答えた。金糸の髪に縁取られた青い眼は強い意志を湛えている。
「……そうか」
「はい」
エミリアは名無しに背を向けて、町の入り口へと向かった。
「じゃあ、村に手紙を出さないとな。留守は数日だと言ってしまった」
「アル!? どうしてついてくるんです?」
そこで別れだとばかり思ったエミリアは、そのまま後ろをついてくる名無しを見て驚きの声をあげた。
「……理由が必要か?」
「理由というか、アルがついてくる必要はありません!」
「……俺は聖都に行ってみようかと思っているんだが……その前をたまたま巡礼者が歩いているという事もあるかもしれないな」
「なっ……な……」
エミリアはそう嘯いた名無しを見て、手を震わせ顔を真っ赤にした。エミリアにとってこの巡礼の旅は神聖なものであった。
「たった一人の力で旅してきた訳じゃないだろ」
名無しは静かに呟いた。
「人は一人じゃ生きられない、そう言ったのはあんただ」
「え……」
エミリアは名無しは聞き流しているように見えた言葉を覚えていた事に驚いた。
「あんたはあんたの道を行け。ただ……それを邪魔するやつはぶっ倒す」
「……アル」
春の初めの柔らかな夕暮れがあたりを包み込み始める中、名無しとエミリアは見つめ合った。
孤高の道を歩もうとするエミリアと拭いきれぬ過去を背負った名無し。その二人の旅がはじまろうとしていた。