雪のまだ残る道。しかし空気は冬の張り詰めたものから確実に緩んできている。エミリアは教会の中の自室で、ようやく荷物をまとめ終えるところだった。
「いざこの日が来るとなると寂しくなりますね」
エミリアは荷物の袋の口をきゅっと縛り、背に負った。そして教会の扉を開けると、そこには村の人々が勢揃いで待っていた。
「皆さん……」
「エミリアさん、気をつけて」
クロエが進みでて、エミリアに抱きついた。
「……ええ。もう聖都までそう距離もないですもの大丈夫よ」
エミリアはクロエの頭をなでるとにっこりと微笑んだ。そして集まった人々の手を握り、感謝を述べながら村の出口へと向かった。
「じゃあ……」
名無しも短い言葉でエミリアに別れを告げた。エミリアはひょんな事から出会ったこの男が、この村に滞在するきっかけだったと思い出した。自分ははたしてこの男の力になれただろうか。そんなほんの少しの心残りを感じながら名無しの手を握った。
「それでは皆さん、ごきげんよう!」
どんどん遠くなる灰色のローブの小柄な影。村人たちはじっとその姿を見つめて見送った。
「行っちゃったなぁ」
「ああ」
リックが残念そうにそう言い、名無しは頷いた。リックは村人の後ろで控えて居た司祭に話しかける。
「なぁ司祭さん。聖地を巡るってのは過酷なんだろ?」
「ああ……断念する者も多いよ。それに完全に徒歩で、それも女性の身でとなるとここまでよく来れたと……」
司祭は心から感心したように呟いた。
「その旅を終えたら聖女になるのか……」
「ああ、聖女になるのに巡礼は必須ではないんだがね、どうもエミリアには後ろ盾がないようだ」
名無しの呟きに、司祭は嘆かわしいとばかりに眉を寄せて答えた。
「……後ろ盾?」
「恥ずかしながら聖職者の世界もきれい事ばかりではないのだよ。……私も中央の争いに疲れてこの辺境に来た身だ。しかし、エミリアはそれを実力と行動で真っ向から立ち向かっている」
「エミリアさん……本当に大丈夫なんだろうか?」
それを聞いたリックはエミリアの去っていった方向を見つめながら、心配そうに唇を噛んだ。
「なぁ……アル」
「ん?」
「うちの馬を貸すからさ、せめて次の町まで様子を見にいけないかな」
「俺が……?」
名無しが驚いてリックを見ると、リックは真剣な表情で頷いた。
「しかし……」
エミリアは自らの意志で旅立ったのだ。それに名無しにはクロエがいる。名無しはクロエにはどこにも行かないと約束していた。
「ちょっとだけ……ちゃんとたどり着けるかどうか見に行くだけだよ」
「私からも頼む。……なにか胸騒ぎがするのだ。これは神のお告げかもしれぬ」
司祭までそんな事を言い出した。名無しはふっとため息をつくと、ヨハンとクロエの元に向かった。
「爺さん、クロエ」
「どうしたのパパ」
「数日留守にする。構わないか?」
「構わんが……どうしたんだデューク」
名無しはしゃがみ込んでクロエの瞳を覗き混んだ。
「エミリアが次の町まで無事つくか確かめるよう頼まれた。……クロエとの約束を破ってしまう事になる」
「エミリアさんを……? でもパパ帰ってくるんだよね?」
クロエは不安そうな顔をして名無しに問いかけた。
「……ああ」
「なら平気! うちにはラロもいるし!」
「あおん!」
クロエは歯を食いしばって笑顔でそう答えた。クロエに横にいたラロも任せろと言わんばかりに吠える。
「……そうか、じゃあ行ってくる。ヨハン爺さん、畑を手伝えなくてすまん」
「そんなことはええ。行って尊い人の役に立っておいで」
「ありがとう爺さん」
名無しはクロエをぎゅっと強く抱きしめると、急いで家に戻り荷物を手にした。そして農夫の格好から黒尽くめの旅装束に着替えた。
「アル、こいつを連れていってくれ」
「……リック、これを」
馬をつれてきたリックに名無しは金貨を握らせた。
「なんだよ、これ」
「馬の借り賃だ。これから春だ。畑の土をおこすのに馬はいるんだろ?」
「……分かった。でも帰って来たら返すからな!」
その言葉に頷いて、名無しはマントを翻して馬に飛び乗った。
「パパ! 行ってらっしゃい!」
「ああ……」
こうして名無しはエミリアを追って村を出た。女性の徒歩での旅である。名無しがしばらく馬を走らせると、すぐにエミリアの後ろ姿が見えた。
「エミリア――」
その時である。輝く光が人気のない街道に輝いた。見ればエミリアが数人の男に囲まれ、光の障壁を発動していた。
「おい、この女をただの魔法でどうにかできると思うな!」
「あなた達……」
「お前にこの先の旅路を行かせる訳にはいかんのだ!」
それを見た名無しはひらりと馬から飛び降りた。そして駆け寄りながら小剣を抜き、エミリアを襲っていた数人の男に向かっていった。
「おい、尼さん相手に良い度胸だな」
「な、あんたどこから……」
「お前の死角から。基本だ」
名無しは男の背後から双剣を突きつけた。
「アル……どうして……」
「細かい事は後だ」
名無しは剣の柄で男のこめかみを打ち抜いた。どう、と倒れる男。それを見て残りの男達は持っていた杖を振り上げた。
「こ、『光刃』!!」
「アル! 逃げて!!」
いくつもの光の刃が一斉に名無しを襲った――!!
「いざこの日が来るとなると寂しくなりますね」
エミリアは荷物の袋の口をきゅっと縛り、背に負った。そして教会の扉を開けると、そこには村の人々が勢揃いで待っていた。
「皆さん……」
「エミリアさん、気をつけて」
クロエが進みでて、エミリアに抱きついた。
「……ええ。もう聖都までそう距離もないですもの大丈夫よ」
エミリアはクロエの頭をなでるとにっこりと微笑んだ。そして集まった人々の手を握り、感謝を述べながら村の出口へと向かった。
「じゃあ……」
名無しも短い言葉でエミリアに別れを告げた。エミリアはひょんな事から出会ったこの男が、この村に滞在するきっかけだったと思い出した。自分ははたしてこの男の力になれただろうか。そんなほんの少しの心残りを感じながら名無しの手を握った。
「それでは皆さん、ごきげんよう!」
どんどん遠くなる灰色のローブの小柄な影。村人たちはじっとその姿を見つめて見送った。
「行っちゃったなぁ」
「ああ」
リックが残念そうにそう言い、名無しは頷いた。リックは村人の後ろで控えて居た司祭に話しかける。
「なぁ司祭さん。聖地を巡るってのは過酷なんだろ?」
「ああ……断念する者も多いよ。それに完全に徒歩で、それも女性の身でとなるとここまでよく来れたと……」
司祭は心から感心したように呟いた。
「その旅を終えたら聖女になるのか……」
「ああ、聖女になるのに巡礼は必須ではないんだがね、どうもエミリアには後ろ盾がないようだ」
名無しの呟きに、司祭は嘆かわしいとばかりに眉を寄せて答えた。
「……後ろ盾?」
「恥ずかしながら聖職者の世界もきれい事ばかりではないのだよ。……私も中央の争いに疲れてこの辺境に来た身だ。しかし、エミリアはそれを実力と行動で真っ向から立ち向かっている」
「エミリアさん……本当に大丈夫なんだろうか?」
それを聞いたリックはエミリアの去っていった方向を見つめながら、心配そうに唇を噛んだ。
「なぁ……アル」
「ん?」
「うちの馬を貸すからさ、せめて次の町まで様子を見にいけないかな」
「俺が……?」
名無しが驚いてリックを見ると、リックは真剣な表情で頷いた。
「しかし……」
エミリアは自らの意志で旅立ったのだ。それに名無しにはクロエがいる。名無しはクロエにはどこにも行かないと約束していた。
「ちょっとだけ……ちゃんとたどり着けるかどうか見に行くだけだよ」
「私からも頼む。……なにか胸騒ぎがするのだ。これは神のお告げかもしれぬ」
司祭までそんな事を言い出した。名無しはふっとため息をつくと、ヨハンとクロエの元に向かった。
「爺さん、クロエ」
「どうしたのパパ」
「数日留守にする。構わないか?」
「構わんが……どうしたんだデューク」
名無しはしゃがみ込んでクロエの瞳を覗き混んだ。
「エミリアが次の町まで無事つくか確かめるよう頼まれた。……クロエとの約束を破ってしまう事になる」
「エミリアさんを……? でもパパ帰ってくるんだよね?」
クロエは不安そうな顔をして名無しに問いかけた。
「……ああ」
「なら平気! うちにはラロもいるし!」
「あおん!」
クロエは歯を食いしばって笑顔でそう答えた。クロエに横にいたラロも任せろと言わんばかりに吠える。
「……そうか、じゃあ行ってくる。ヨハン爺さん、畑を手伝えなくてすまん」
「そんなことはええ。行って尊い人の役に立っておいで」
「ありがとう爺さん」
名無しはクロエをぎゅっと強く抱きしめると、急いで家に戻り荷物を手にした。そして農夫の格好から黒尽くめの旅装束に着替えた。
「アル、こいつを連れていってくれ」
「……リック、これを」
馬をつれてきたリックに名無しは金貨を握らせた。
「なんだよ、これ」
「馬の借り賃だ。これから春だ。畑の土をおこすのに馬はいるんだろ?」
「……分かった。でも帰って来たら返すからな!」
その言葉に頷いて、名無しはマントを翻して馬に飛び乗った。
「パパ! 行ってらっしゃい!」
「ああ……」
こうして名無しはエミリアを追って村を出た。女性の徒歩での旅である。名無しがしばらく馬を走らせると、すぐにエミリアの後ろ姿が見えた。
「エミリア――」
その時である。輝く光が人気のない街道に輝いた。見ればエミリアが数人の男に囲まれ、光の障壁を発動していた。
「おい、この女をただの魔法でどうにかできると思うな!」
「あなた達……」
「お前にこの先の旅路を行かせる訳にはいかんのだ!」
それを見た名無しはひらりと馬から飛び降りた。そして駆け寄りながら小剣を抜き、エミリアを襲っていた数人の男に向かっていった。
「おい、尼さん相手に良い度胸だな」
「な、あんたどこから……」
「お前の死角から。基本だ」
名無しは男の背後から双剣を突きつけた。
「アル……どうして……」
「細かい事は後だ」
名無しは剣の柄で男のこめかみを打ち抜いた。どう、と倒れる男。それを見て残りの男達は持っていた杖を振り上げた。
「こ、『光刃』!!」
「アル! 逃げて!!」
いくつもの光の刃が一斉に名無しを襲った――!!