「わぁーっ!」
「……」
数日降った雪が止んだ。今日は冬至のお祭りの日である。教会へと続く道を名無しはクロエを乗せたソリを引っ張らされていた。
「楽しいか、これ」
「楽しい!」
名無しにはこれがどう楽しいのかよく分からなかったが、クロエは嬉しそうだ。
「そろそろ自分で歩くんじゃ、クロエ」
「はーい」
ヨハンにそう言われてクロエはようやくソリから降りた。
「いらっしゃい、みなさん」
教会につくとエミリアが出迎えてくれた。エミリアの顔をまともに見るのはあの日の夜以来だった。広場には大きなたき火が燃やされ、村人達が集まっている。
「……どうも」
「ええ」
エミリアは名無しの告白を聞いても、なんの変わりもない笑顔を浮かべた。
「さぁ、こちらが皆さんにお配りしているケーキですよ」
大きな丸いケーキからはスパイスの香りが漂っている。この地方で特にこのケーキを数日にわたって食べるのが冬至の習慣となっていた。
「わー、美味しそう」
クロエはそれを受け取って、ソリに積んだ。
「さーてお買い物だー」
今日は近隣の町から行商人が来ている。日用品から服飾品など数は少ないが色々取りそろえてある。
「鍛冶屋はどこかの」
ヨハンはこの機会に出張してきた鍛冶屋に鎌の手入れを頼むつもりだ。
「クロエは何か買うつもりなのか?」
「うーん、端切れが欲しい……」
「端切れ?」
「うん。パパから貰ったお人形にお洋服を作りたいし、あとラロの首輪を作りたいし……」
「ほら、これで買っておいで」
名無しはクロエに銅貨を数枚渡した。
「小遣いだ。好きなものを買ったらいい」
「ありがと、パパ!」
クロエは小遣いを握りしめると広場の市に消えていった。
「よぉ、アル! こっち来いよ」
その後ろ姿を見送っていると、リックが大声で名無しを呼んだ。
「紹介するよ。出稼ぎに出てる俺の幼馴染み達だ」
村には少ない若者達が名無しに向かって会釈した。
「この人がその……?」
「ああ、魔獣や盗賊をやっつけた村の英雄だ」
「もっとごっつい大男だと思った」
パッと見中肉中背の優男に見える名無しを見て、若者達はぽかんとした。
「……アル、あれをやって見せてくれよ」
「あれ……?」
「ほら、薪を投げる奴!」
リックはすでにたき火に使う薪を構えてやる気まんまんである。名無しはため息をついて、こんな時でさえも体から離さない小剣を構えた。
「ほいっ、ほいっ、ほい!」
リックが投げる薪を名無しは次々とバラバラにした。
「おお~」
若者達はそれを見て目の色を変え、拍手を送った。気が付くと若者だけでなく村のみんなも名無しを囲んでその技に見入っていた。
「リック。もういいんじゃないか」
「あとちょっとだけ!」
いつの間にか角笛や太鼓まで鳴り出した。見世物じゃないんだけどな、と名無しは思った。
「これで最後だ!」
「シッ……」
最後にリックが思いっきり薪をぶん投げて名無しがそれを両断するとようやく終わった。みんなが名無しに拍手を送る。名無しは頬が赤くなるのを感じた。
「リック! 悪ふざけも大概にしろ」
「悪い悪い。こいつらがどうしても信じないもんだから」
リックは口では悪いといいながらちっともそう思っていないのが丸分かりだった。
「すごいですね!」
「いやぁ、いいものを見た!!」
名無しの周りに若者達が群がった。その内の一人がワインの入ったカップを名無しに差し出した。
「まぁまぁ飲んでください!」
「あっ、アルは酒は……」
そう言って下げさせようとしたリックの肩を名無しは掴んだ。
「貰う」
「え、あんた酒は嫌いなんじゃ……」
「そんなに嫌いじゃなくなった」
名無しがそう答えると、リックは顔をくしゃくしゃにして微笑んだ。
「そっか! じゃあ飲もう。今日は祭りだ!」
「おお!!」
名無しと村の若者達は乾杯をした。名無しはワインを飲み、村の人々に勧められるがままご馳走を口にした。
そうしている間に冬の短い日は落ちて、たき火はますます大きく燃えさかっていく。
「えー、おっほん」
教会の司祭がしずしずとたき火の前の祭壇に進み出ると、ガヤガヤと騒がしかった村人達もその声に耳を傾けた。
「新しい太陽の誕生を願うこの祭りで、豊穣と幸福が皆にもたらされることを願おう。今年は聖地の巡礼者エミリアもこの村に滞在しておる。エミリアから特別な祝福があるそうだ」
そう司祭が語った後、エミリアが前に進み出た。
「この寒い冬も実りの為に働く皆さんへ贈り物です」
エミリアが杖を振り上げると、金色の光を纏った雪のようなものが村人達に降り注いだ。
「うわぁ! 綺麗!」
クロエはその輝く雪を掴もうとしたが、スッと溶けるように消えてしまった。
「皆さんの健康を祈りました。神の信徒として正しい行いをし、勤勉に日々が過ごせますように」
そう言ってエミリアは下がった。こちらに向かってくるエミリアに名無しは話しかけた。
「ふう、緊張しました」
「あれも光魔法か?」
「簡単な回復魔法に光魔法を組み合わせただけです。頭痛や鼻風邪くらいなら治ると思います。まったく……突然司祭がなにかしてくれっていってくるものですから……」
「俺もさっきオモチャにされた」
名無しがそう言うと、エミリアは目を丸くした。
「クロエちゃんですか?」
「いや、リックだ」
「まぁ。大胆ですね」
エミリアはくっくっくとおかしそうに笑った。
「まぁお祭りですもの」
「そうだな」
その日、村人達は遅くまでたき火を囲って大いに飲んで食べて歌い踊った。クロエもヨハンも楽しげにたき火の周りを回っている。
「あれの何がそんなに楽しいのだろう」
と名無しが呟くと、そっとエミリアが囁いた。
「あの火は悪霊を避け、幸運を呼ぶ……そう信じられています」
「悪霊か……俺にはどう避けたらいいかわからんな」
名無しはそう言いながらも、祭りの熱気に当てられてワインを手にした。
「アル、乾杯しましょう」
「ああ。乾杯」
名無しとエミリアは小さな音を立ててカップをかち合わせた。
「……」
数日降った雪が止んだ。今日は冬至のお祭りの日である。教会へと続く道を名無しはクロエを乗せたソリを引っ張らされていた。
「楽しいか、これ」
「楽しい!」
名無しにはこれがどう楽しいのかよく分からなかったが、クロエは嬉しそうだ。
「そろそろ自分で歩くんじゃ、クロエ」
「はーい」
ヨハンにそう言われてクロエはようやくソリから降りた。
「いらっしゃい、みなさん」
教会につくとエミリアが出迎えてくれた。エミリアの顔をまともに見るのはあの日の夜以来だった。広場には大きなたき火が燃やされ、村人達が集まっている。
「……どうも」
「ええ」
エミリアは名無しの告白を聞いても、なんの変わりもない笑顔を浮かべた。
「さぁ、こちらが皆さんにお配りしているケーキですよ」
大きな丸いケーキからはスパイスの香りが漂っている。この地方で特にこのケーキを数日にわたって食べるのが冬至の習慣となっていた。
「わー、美味しそう」
クロエはそれを受け取って、ソリに積んだ。
「さーてお買い物だー」
今日は近隣の町から行商人が来ている。日用品から服飾品など数は少ないが色々取りそろえてある。
「鍛冶屋はどこかの」
ヨハンはこの機会に出張してきた鍛冶屋に鎌の手入れを頼むつもりだ。
「クロエは何か買うつもりなのか?」
「うーん、端切れが欲しい……」
「端切れ?」
「うん。パパから貰ったお人形にお洋服を作りたいし、あとラロの首輪を作りたいし……」
「ほら、これで買っておいで」
名無しはクロエに銅貨を数枚渡した。
「小遣いだ。好きなものを買ったらいい」
「ありがと、パパ!」
クロエは小遣いを握りしめると広場の市に消えていった。
「よぉ、アル! こっち来いよ」
その後ろ姿を見送っていると、リックが大声で名無しを呼んだ。
「紹介するよ。出稼ぎに出てる俺の幼馴染み達だ」
村には少ない若者達が名無しに向かって会釈した。
「この人がその……?」
「ああ、魔獣や盗賊をやっつけた村の英雄だ」
「もっとごっつい大男だと思った」
パッと見中肉中背の優男に見える名無しを見て、若者達はぽかんとした。
「……アル、あれをやって見せてくれよ」
「あれ……?」
「ほら、薪を投げる奴!」
リックはすでにたき火に使う薪を構えてやる気まんまんである。名無しはため息をついて、こんな時でさえも体から離さない小剣を構えた。
「ほいっ、ほいっ、ほい!」
リックが投げる薪を名無しは次々とバラバラにした。
「おお~」
若者達はそれを見て目の色を変え、拍手を送った。気が付くと若者だけでなく村のみんなも名無しを囲んでその技に見入っていた。
「リック。もういいんじゃないか」
「あとちょっとだけ!」
いつの間にか角笛や太鼓まで鳴り出した。見世物じゃないんだけどな、と名無しは思った。
「これで最後だ!」
「シッ……」
最後にリックが思いっきり薪をぶん投げて名無しがそれを両断するとようやく終わった。みんなが名無しに拍手を送る。名無しは頬が赤くなるのを感じた。
「リック! 悪ふざけも大概にしろ」
「悪い悪い。こいつらがどうしても信じないもんだから」
リックは口では悪いといいながらちっともそう思っていないのが丸分かりだった。
「すごいですね!」
「いやぁ、いいものを見た!!」
名無しの周りに若者達が群がった。その内の一人がワインの入ったカップを名無しに差し出した。
「まぁまぁ飲んでください!」
「あっ、アルは酒は……」
そう言って下げさせようとしたリックの肩を名無しは掴んだ。
「貰う」
「え、あんた酒は嫌いなんじゃ……」
「そんなに嫌いじゃなくなった」
名無しがそう答えると、リックは顔をくしゃくしゃにして微笑んだ。
「そっか! じゃあ飲もう。今日は祭りだ!」
「おお!!」
名無しと村の若者達は乾杯をした。名無しはワインを飲み、村の人々に勧められるがままご馳走を口にした。
そうしている間に冬の短い日は落ちて、たき火はますます大きく燃えさかっていく。
「えー、おっほん」
教会の司祭がしずしずとたき火の前の祭壇に進み出ると、ガヤガヤと騒がしかった村人達もその声に耳を傾けた。
「新しい太陽の誕生を願うこの祭りで、豊穣と幸福が皆にもたらされることを願おう。今年は聖地の巡礼者エミリアもこの村に滞在しておる。エミリアから特別な祝福があるそうだ」
そう司祭が語った後、エミリアが前に進み出た。
「この寒い冬も実りの為に働く皆さんへ贈り物です」
エミリアが杖を振り上げると、金色の光を纏った雪のようなものが村人達に降り注いだ。
「うわぁ! 綺麗!」
クロエはその輝く雪を掴もうとしたが、スッと溶けるように消えてしまった。
「皆さんの健康を祈りました。神の信徒として正しい行いをし、勤勉に日々が過ごせますように」
そう言ってエミリアは下がった。こちらに向かってくるエミリアに名無しは話しかけた。
「ふう、緊張しました」
「あれも光魔法か?」
「簡単な回復魔法に光魔法を組み合わせただけです。頭痛や鼻風邪くらいなら治ると思います。まったく……突然司祭がなにかしてくれっていってくるものですから……」
「俺もさっきオモチャにされた」
名無しがそう言うと、エミリアは目を丸くした。
「クロエちゃんですか?」
「いや、リックだ」
「まぁ。大胆ですね」
エミリアはくっくっくとおかしそうに笑った。
「まぁお祭りですもの」
「そうだな」
その日、村人達は遅くまでたき火を囲って大いに飲んで食べて歌い踊った。クロエもヨハンも楽しげにたき火の周りを回っている。
「あれの何がそんなに楽しいのだろう」
と名無しが呟くと、そっとエミリアが囁いた。
「あの火は悪霊を避け、幸運を呼ぶ……そう信じられています」
「悪霊か……俺にはどう避けたらいいかわからんな」
名無しはそう言いながらも、祭りの熱気に当てられてワインを手にした。
「アル、乾杯しましょう」
「ああ。乾杯」
名無しとエミリアは小さな音を立ててカップをかち合わせた。