「ひゃんひゃん!」
「だめよー、どろんこなんだから綺麗にしないと!」
家に連れて帰られたラロはクロエの手によって泥や汚れを水で洗い流された。ブルブルと身を振って水を飛ばすラロと格闘している。
「よーし、良い子! じゃあご飯にしようね」
ラロはクロエが出した今朝の残りの麦がゆをがっつきながら食べた。
「……なあ爺さん、犬って何を食べるんだ?」
その様子を眺めていた名無しはヨハンに聞いた。
「うむ、何でも食うが肉や骨が好きだのう」
「そう言えば街でも肉屋の裏の残飯を漁っていたな」
「ラロにはお肉がいいの? うーん、うちそんなお肉ないなぁ」
クロエは戸棚を開いた。そこには燻製肉がちょっとあるばかりである。
「……食べたいなら自分で取ってくるんじゃないのか」
「無理だよー。ラロはまだ子犬だもん」
そう言いつつ、クロエはじっと名無しを見つめた。
「……パパ、手伝ってあげて?」
「ああ?」
「だってクロエが困ってたらパパ手伝ってくれるでしょ。ラロも今日から家族だよ?」
「……おう」
名無しはクロエの圧力に屈した。今日からこの犬も家族として扱わなければならないらしい。
「まあ番犬にもなるしの……デューク、散歩のついでにウサギでも捕っておいで」
「……ああ」
さらにお散歩係に任命されてしまった名無しは頬をかいた。
翌日、農作業が一段落したところで名無しは弓と小剣と手投げナイフを腰に、ラロを連れて狩りに出かけることになった。
「お前も間が悪いな。こないだなら魔猪のいらない肉が沢山あったのに。もう全部畑の肥やしになってしまったぞ」
「くう?」
「とにかくとっとと狩りを覚えろ」
名無しはそう言って、森に向かった。しばらく進んだ所で名無しは身を潜めた。目の前には開けた草地。そして風下である。
「じっとしてろよ……」
じっと待つこと二時間。ラロはうとうとと眠っている。
「……来た」
予想通り、鹿の群れが現れた。名無しがそっと矢をつがえた瞬間、ラロが目を覚ました。
「うわん!」
「……ちっ」
ラロの吠え声に、鹿が素早く反応した。名無しは慌てて矢を放ったが、一匹の鹿の後ろ足に当たり、致命傷にはならなかった。
「ラロ! お前の獲物だぞ!」
「くうう……」
名無しは思わずラロをしかった。しかたなく鹿の逃げ去った草地に向かうと、点々と血が落ちているのを確認した。
「ラロ、この血の匂いを辿れ」
「わふっ」
名無しの言葉が通じたかどうか分からないが、ラロはその匂いを辿り始めた。あちこち寄り道をしながらも、一応匂いを辿ってはいるようだ。
「……」
名無しとラロはその先の草むらの先の岩場に、血を流している雌鹿をみつけた。まだこちらには気づいていないようだ。
「しー……」
名無しはラロを牽制しつつ、投げナイフを構えた。ここでは弓を構えるほどのスペースはない。
「ふっ!」
名無しの放ったナイフは鹿の心臓部に突き刺さった。
「ピィーーーー!」
更に三発、名無しはナイフを投げた。鹿はしばらく暴れていたが、やがて動かなくなった。名無しは早速鹿を担ぐとずぐそばの水場に移動した。
そして、鹿の腹をかっさばくと、肝臓を取りだしてラロに与えた。
「ふあん! ふあん!」
「お前が脅かさなきゃ一発で仕留められてもっと美味い肝臓だったと思うぞ」
夢中になって肝臓を食らっているラロに向かって、名無しは話しかけた。
「あう?」
「まぁいい運動になった。最近なまっている気もしていたからな」
ふと名無しは鹿を殺したことに何の昂ぶりも嫌な気持ちも抱いていない事に気が付いた。
「……どうしてだろう」
名無しは不思議に思いながら内臓を抜いた鹿を担いで、村まで戻った。
「わあ! パパ、どうしたのそれ」
「鹿だ」
「ラロ……これ全部食べるの?」
「無理だろうな」
「だよね! じゃあ今日はご馳走になっちゃうなー、しかたないなー」
クロエはいかにも困った、という顔をしながら嬉しそうに笑った。鹿はリック達他の村人にも手伝ってもらい、お裾分けもした。それでも結構な量の鹿肉が残った。
「焼き肉にしてー、シチューにしてー残りは塩漬けにしてー。ああ忙しい」
「手伝うぞ、クロエ」
「うん!!」
三人は祭りでもないのにボリューム満点の食卓を囲んだ。ラロは鹿の骨にかぶりつきながら尻尾を振っている。
「ラロ、嬉しそう」
「たまには狩りもいいな……。しかしこいつがまともな猟犬になるかどうか」
「何事も最初はうまくいかんこともある。ラロを育てるのはデューク次第じゃよ」
「……育てる……」
名無しは無邪気に骨と格闘しているラロを見た。動物だからといってはなから狩りの方法を知っている訳じゃないという事か、と名無しは思った。
「くーん」
「よし、じゃあ鍛えてやるか……」
「パパ、クロエがラロと遊ぶ時間もとっといてよ!」
「ははは、いわれとるぞデューク。まぁほどほどにな」
それから名無しは時々狩りに出るようになった。畑仕事よりは性にあっていたし、食卓も豪勢になるからだ。
「ラロ……また得物に勝手に飛びついたな」
「くうん……」
ラロが猟犬として成長するにはまだまだかかりそうだが……新しい家族を得て、この一家はますます賑やかになっていった。
「だめよー、どろんこなんだから綺麗にしないと!」
家に連れて帰られたラロはクロエの手によって泥や汚れを水で洗い流された。ブルブルと身を振って水を飛ばすラロと格闘している。
「よーし、良い子! じゃあご飯にしようね」
ラロはクロエが出した今朝の残りの麦がゆをがっつきながら食べた。
「……なあ爺さん、犬って何を食べるんだ?」
その様子を眺めていた名無しはヨハンに聞いた。
「うむ、何でも食うが肉や骨が好きだのう」
「そう言えば街でも肉屋の裏の残飯を漁っていたな」
「ラロにはお肉がいいの? うーん、うちそんなお肉ないなぁ」
クロエは戸棚を開いた。そこには燻製肉がちょっとあるばかりである。
「……食べたいなら自分で取ってくるんじゃないのか」
「無理だよー。ラロはまだ子犬だもん」
そう言いつつ、クロエはじっと名無しを見つめた。
「……パパ、手伝ってあげて?」
「ああ?」
「だってクロエが困ってたらパパ手伝ってくれるでしょ。ラロも今日から家族だよ?」
「……おう」
名無しはクロエの圧力に屈した。今日からこの犬も家族として扱わなければならないらしい。
「まあ番犬にもなるしの……デューク、散歩のついでにウサギでも捕っておいで」
「……ああ」
さらにお散歩係に任命されてしまった名無しは頬をかいた。
翌日、農作業が一段落したところで名無しは弓と小剣と手投げナイフを腰に、ラロを連れて狩りに出かけることになった。
「お前も間が悪いな。こないだなら魔猪のいらない肉が沢山あったのに。もう全部畑の肥やしになってしまったぞ」
「くう?」
「とにかくとっとと狩りを覚えろ」
名無しはそう言って、森に向かった。しばらく進んだ所で名無しは身を潜めた。目の前には開けた草地。そして風下である。
「じっとしてろよ……」
じっと待つこと二時間。ラロはうとうとと眠っている。
「……来た」
予想通り、鹿の群れが現れた。名無しがそっと矢をつがえた瞬間、ラロが目を覚ました。
「うわん!」
「……ちっ」
ラロの吠え声に、鹿が素早く反応した。名無しは慌てて矢を放ったが、一匹の鹿の後ろ足に当たり、致命傷にはならなかった。
「ラロ! お前の獲物だぞ!」
「くうう……」
名無しは思わずラロをしかった。しかたなく鹿の逃げ去った草地に向かうと、点々と血が落ちているのを確認した。
「ラロ、この血の匂いを辿れ」
「わふっ」
名無しの言葉が通じたかどうか分からないが、ラロはその匂いを辿り始めた。あちこち寄り道をしながらも、一応匂いを辿ってはいるようだ。
「……」
名無しとラロはその先の草むらの先の岩場に、血を流している雌鹿をみつけた。まだこちらには気づいていないようだ。
「しー……」
名無しはラロを牽制しつつ、投げナイフを構えた。ここでは弓を構えるほどのスペースはない。
「ふっ!」
名無しの放ったナイフは鹿の心臓部に突き刺さった。
「ピィーーーー!」
更に三発、名無しはナイフを投げた。鹿はしばらく暴れていたが、やがて動かなくなった。名無しは早速鹿を担ぐとずぐそばの水場に移動した。
そして、鹿の腹をかっさばくと、肝臓を取りだしてラロに与えた。
「ふあん! ふあん!」
「お前が脅かさなきゃ一発で仕留められてもっと美味い肝臓だったと思うぞ」
夢中になって肝臓を食らっているラロに向かって、名無しは話しかけた。
「あう?」
「まぁいい運動になった。最近なまっている気もしていたからな」
ふと名無しは鹿を殺したことに何の昂ぶりも嫌な気持ちも抱いていない事に気が付いた。
「……どうしてだろう」
名無しは不思議に思いながら内臓を抜いた鹿を担いで、村まで戻った。
「わあ! パパ、どうしたのそれ」
「鹿だ」
「ラロ……これ全部食べるの?」
「無理だろうな」
「だよね! じゃあ今日はご馳走になっちゃうなー、しかたないなー」
クロエはいかにも困った、という顔をしながら嬉しそうに笑った。鹿はリック達他の村人にも手伝ってもらい、お裾分けもした。それでも結構な量の鹿肉が残った。
「焼き肉にしてー、シチューにしてー残りは塩漬けにしてー。ああ忙しい」
「手伝うぞ、クロエ」
「うん!!」
三人は祭りでもないのにボリューム満点の食卓を囲んだ。ラロは鹿の骨にかぶりつきながら尻尾を振っている。
「ラロ、嬉しそう」
「たまには狩りもいいな……。しかしこいつがまともな猟犬になるかどうか」
「何事も最初はうまくいかんこともある。ラロを育てるのはデューク次第じゃよ」
「……育てる……」
名無しは無邪気に骨と格闘しているラロを見た。動物だからといってはなから狩りの方法を知っている訳じゃないという事か、と名無しは思った。
「くーん」
「よし、じゃあ鍛えてやるか……」
「パパ、クロエがラロと遊ぶ時間もとっといてよ!」
「ははは、いわれとるぞデューク。まぁほどほどにな」
それから名無しは時々狩りに出るようになった。畑仕事よりは性にあっていたし、食卓も豪勢になるからだ。
「ラロ……また得物に勝手に飛びついたな」
「くうん……」
ラロが猟犬として成長するにはまだまだかかりそうだが……新しい家族を得て、この一家はますます賑やかになっていった。