その日は昼日中だというのに皆料理や酒を教会に持ち寄り、悪党が退治された事を祝った。
「司祭さま、大変だったね」
「いえいえ……エミリアがおりましたから。これもきっと神の導きです」
そんな中、名無しはぼんやりと端に座っていた。そこにクロエとヨハン爺さんがやってきた。
「パパ、また大活躍だって!? すごいね!」
「たのもしいのう」
「クロエ、爺さん。あっちに料理があるぞ。今のうちに食べとけ」
「うん! 糖蜜のパイをさっき食べたよ。作り方を聞いたけど難しそうだったなぁ」
クロエの口の端には良く見るとパイのかけらがついていた。名無しはそれをぬぐってやる。
「人として死ぬ……」
お祭り騒ぎの村の中で、名無しはポツリとエミリアの言葉を繰り返した。
「どうした、アル。まーたしけた顔して」
リックは盗賊退治の祝いのエールでほんのりと顔を赤らめつつ、名無しに話しかけてきた。
「いつもこんな顔だと思うが」
「いいや、俺にはだんだんわかってきた! それはしけた顔だ!」
「……」
名無しはこいつまでクロエと同じ事を言うのか、と思った。それを聞いたクロエもにんまりと笑って頷いた。
「そうでしょー?」
「調子狂うな」
「えー? まぁ飲めよ」
「こないだ飲んで分かった。酒は好かない」
絡み酒になってきているリックとまた食べ物をとりに行ってしまったクロエとヨハンを置いて、名無しはエミリアの元に向かった。
「あ、アル。お料理は食べてますか」
「……いや」
「はい、このパテ美味しいですよ。この村のおかみさん達の特製レシピですって……」
「ああ」
名無しはパテを乗せたパンをエミリアから受け取った。もそもそとそれを食べる名無しを見てエミリアは微笑む。
「ちょっとお話しましょうか」
「……」
エミリアは人混みから離れて、名無しと向き合った。
「気になる事なら聞いてください。遠慮はいりません」
「奪えば奪われるとか、人として死ぬとか……」
「ああ、分からなければなんでも」
「違う。あんたはなんでそんな事ばかり俺に言うんだ」
エミリアはピクリ、と動きを止めた。じっと名無しを見つめて、しばらくしてようやく口を開いた。
「……あなたが知らないと思ったからです」
「何を」
「気を悪くしないでくださいね。人の世と、その道理をあなたには説かないといけないと思ったのです。……私は」
「尼僧だからか」
「……ええ」
名無しの言葉にエミリアは頷いた。
「確かに俺はまともな生活をしてこなかったと思うよ。ただな……あんたのそれで俺は……」
「アル?」
「……混乱する」
名無しは唇を噛んだ。理解しきれないから、と文句をつけるなんて子供じみている、とも思った。
「ごめんなさい」
「謝らないでくれ」
「……でも少し安心しました」
「は?」
「あなたも戸惑ったりするのですね」
そう言ったエミリアは少し嬉しそうだった。それを見た名無しはガリガリと頭を掻いた。
「あんたなぁ……」
「あっ、ごめんなさい。でも……そうですね。私は焦っていたかも。アルのスピードで、分かってくださればいいのですよ。ふふふ」
「……ふん」
名無しは言うだけ言ったと思ったので、エミリアに背を向けた。
「あっ、どこに行くんです」
「メシを食いに。今のうちに食べとかないと損だからな」
人混みの中に消えて行く名無しの後ろ姿をエミリアは見送った。
「エミリアさん!」
その時、エミリアの袖を引っ張ったのはクロエだった。
「まぁクロエちゃん」
「パパと何話してたの?」
「それは……うーん、大変だったねって」
「そうだよね、二人で泥棒達をやっつけたんでしょ? すごーい」
「ああ……でもね、こんな事はない方がいいのよ」
「そっか……そうだね」
しゅんとしてしまったクロエにエミリアは話しかけた。
「……パパは優しい?」
「うん!」
「そう、どんなところが?」
「いっつもクロエの心配をしてくれるの。でもね……」
「どうしたの?」
「パパはクロエに優しくしてくれる時……ちょっと悲しそうなの」
クロエはたどたどしくエミリアに説明した。
「そっか……アルはきっと今までつらい事が多かったのよ。まだ、話してはくれないけど」
「パパのつらい事……。クロエといると思い出しちゃうのかな」
「いいえ、逆だと思うわ。クロエちゃんと居ることでアルはちょっとずつそれを忘れられるんじゃないかと思う。だから……クロエちゃん、アルをお願いね」
クロエはエミリアの言葉に一瞬ぽかんとしたが、すぐに首を大きく振った。
「うん! そーかー、パパはクロエがいないと駄目かー」
「うふふ、そうね」
「じゃ、あたしケーキをもう一個食べてくる! 今食べないと損だからね!」
「あら……ふふふ」
エミリアは駆けていくクロエの後ろ姿を見送った。
「神よ……迷える者に道を……求めるものに平穏を……」
人混みから外れた部屋の隅で、エミリアは神に祈った。アル……名無しの事がなぜこんなにも気にかかるのだろうかと思いながら。
そんな……エミリアの願いもむなしく、名無しの上には再び困難が降りかかる事になるのだが。
「司祭さま、大変だったね」
「いえいえ……エミリアがおりましたから。これもきっと神の導きです」
そんな中、名無しはぼんやりと端に座っていた。そこにクロエとヨハン爺さんがやってきた。
「パパ、また大活躍だって!? すごいね!」
「たのもしいのう」
「クロエ、爺さん。あっちに料理があるぞ。今のうちに食べとけ」
「うん! 糖蜜のパイをさっき食べたよ。作り方を聞いたけど難しそうだったなぁ」
クロエの口の端には良く見るとパイのかけらがついていた。名無しはそれをぬぐってやる。
「人として死ぬ……」
お祭り騒ぎの村の中で、名無しはポツリとエミリアの言葉を繰り返した。
「どうした、アル。まーたしけた顔して」
リックは盗賊退治の祝いのエールでほんのりと顔を赤らめつつ、名無しに話しかけてきた。
「いつもこんな顔だと思うが」
「いいや、俺にはだんだんわかってきた! それはしけた顔だ!」
「……」
名無しはこいつまでクロエと同じ事を言うのか、と思った。それを聞いたクロエもにんまりと笑って頷いた。
「そうでしょー?」
「調子狂うな」
「えー? まぁ飲めよ」
「こないだ飲んで分かった。酒は好かない」
絡み酒になってきているリックとまた食べ物をとりに行ってしまったクロエとヨハンを置いて、名無しはエミリアの元に向かった。
「あ、アル。お料理は食べてますか」
「……いや」
「はい、このパテ美味しいですよ。この村のおかみさん達の特製レシピですって……」
「ああ」
名無しはパテを乗せたパンをエミリアから受け取った。もそもそとそれを食べる名無しを見てエミリアは微笑む。
「ちょっとお話しましょうか」
「……」
エミリアは人混みから離れて、名無しと向き合った。
「気になる事なら聞いてください。遠慮はいりません」
「奪えば奪われるとか、人として死ぬとか……」
「ああ、分からなければなんでも」
「違う。あんたはなんでそんな事ばかり俺に言うんだ」
エミリアはピクリ、と動きを止めた。じっと名無しを見つめて、しばらくしてようやく口を開いた。
「……あなたが知らないと思ったからです」
「何を」
「気を悪くしないでくださいね。人の世と、その道理をあなたには説かないといけないと思ったのです。……私は」
「尼僧だからか」
「……ええ」
名無しの言葉にエミリアは頷いた。
「確かに俺はまともな生活をしてこなかったと思うよ。ただな……あんたのそれで俺は……」
「アル?」
「……混乱する」
名無しは唇を噛んだ。理解しきれないから、と文句をつけるなんて子供じみている、とも思った。
「ごめんなさい」
「謝らないでくれ」
「……でも少し安心しました」
「は?」
「あなたも戸惑ったりするのですね」
そう言ったエミリアは少し嬉しそうだった。それを見た名無しはガリガリと頭を掻いた。
「あんたなぁ……」
「あっ、ごめんなさい。でも……そうですね。私は焦っていたかも。アルのスピードで、分かってくださればいいのですよ。ふふふ」
「……ふん」
名無しは言うだけ言ったと思ったので、エミリアに背を向けた。
「あっ、どこに行くんです」
「メシを食いに。今のうちに食べとかないと損だからな」
人混みの中に消えて行く名無しの後ろ姿をエミリアは見送った。
「エミリアさん!」
その時、エミリアの袖を引っ張ったのはクロエだった。
「まぁクロエちゃん」
「パパと何話してたの?」
「それは……うーん、大変だったねって」
「そうだよね、二人で泥棒達をやっつけたんでしょ? すごーい」
「ああ……でもね、こんな事はない方がいいのよ」
「そっか……そうだね」
しゅんとしてしまったクロエにエミリアは話しかけた。
「……パパは優しい?」
「うん!」
「そう、どんなところが?」
「いっつもクロエの心配をしてくれるの。でもね……」
「どうしたの?」
「パパはクロエに優しくしてくれる時……ちょっと悲しそうなの」
クロエはたどたどしくエミリアに説明した。
「そっか……アルはきっと今までつらい事が多かったのよ。まだ、話してはくれないけど」
「パパのつらい事……。クロエといると思い出しちゃうのかな」
「いいえ、逆だと思うわ。クロエちゃんと居ることでアルはちょっとずつそれを忘れられるんじゃないかと思う。だから……クロエちゃん、アルをお願いね」
クロエはエミリアの言葉に一瞬ぽかんとしたが、すぐに首を大きく振った。
「うん! そーかー、パパはクロエがいないと駄目かー」
「うふふ、そうね」
「じゃ、あたしケーキをもう一個食べてくる! 今食べないと損だからね!」
「あら……ふふふ」
エミリアは駆けていくクロエの後ろ姿を見送った。
「神よ……迷える者に道を……求めるものに平穏を……」
人混みから外れた部屋の隅で、エミリアは神に祈った。アル……名無しの事がなぜこんなにも気にかかるのだろうかと思いながら。
そんな……エミリアの願いもむなしく、名無しの上には再び困難が降りかかる事になるのだが。