そんな名無しとは逆にエミリアは困ったような顔をしている。
「光魔法とは言え、暴力には変わりないですから」
「身を守る為だろう?」
「……それでも命を奪う事になりますから。それは神の教えに背きます」
「……」
ならば、命じられるまま命を刈り続けた自分はこの女にとってどういう存在に映るのだろう。名無しは神の存在など信じていないが、それでも居心地の悪さを感じていた。
「はい、麦とお豆のおかゆだよ」
その時、クロエが食事を持って現れた。
「ありがとう。神に感謝を」
「作ったのはクロエだ」
エミリアは一瞬きょとんとして名無しを見た。
「……そうですね。ありがとうクロエちゃん」
「食べられるだけでいいからね! 無理するとまた具合悪くなるから」
「はい」
そう言いながらも、エミリアは出されたかゆを全部食べた。薬がよく効いているようだ。
「お世話になって申し訳ありません」
改めて礼を言うエミリア。ヨハン爺さんは首を振って答えた。
「遠慮せんでええよ。ゆっくり養生しなせい」
「ところでなんであんな所で倒れてたんだ?」
名無しは思っていた疑問をエミリアにぶつけた。エミリアの倒れていた所は町からそう遠くない。町にいれば行き倒れる事もなかったのではないかと名無しは思った。
「それが、手持ちの旅費を使い果たしてしまいまして……。町では教会に泊まれたのですが、それまでの無理がたたったみたいです」
エミリアはちょっと照れくさそうに答えた。
「本当に世間知らずで……恥ずかしいです」
「ならこれを」
名無しはそんなエミリアに金貨を一枚差し出した。エミリアは驚いた顔で名無しを見る。
「まだ……名前もうかがってませんでしたね」
「……アルだ。そしてこの爺さんはヨハン、それからあの女の子はクロエ」
「そのお金は受け取れません」
きっぱりとエミリアは答えた。名無しはそれを聞いて少しがっかりした。クロエの時といい、なぜ自分の贈り物は喜ばれないのか。
「俺から受け取るのは嫌なのか?」
「え……いいえ、そういう事ではありません。私はこのように看病して貰っただけで十分ですし、あとは教会に頼りますから……」
そう言ってエミリアは少し黙った。しかし無表情な名無しをみて続けた。
「私は尼僧です。施しは受けます。しかし日々の糧の余裕のある所からです」
「……どういう事だ?」
「そのお金はヨハンさんとクロエちゃんに使ってください」
そこまで言われて名無しはようやく理解した。この廃屋に近いあばら屋の住人から金貨を貰う訳にはいかないという事だろう。
「……分かった」
「起き上がれるようになったら教会に移りますから」
「ああ」
そう言うとエミリアは眠りについた。それを見届けて名無しは家の外に出た。
「もう、パパったら病気の人はそっとしておいてあげなくちゃ」
「そうなのか」
名無しは外で水まきをしていたクロエに怒られながら、自分達が寝起きしている家を見た。
「屋根もひどかったが、壁も直さなきゃな……リックに頼むか」
秋の高く澄み切った空。その空の下、名無しとクロエはリックの元を訪れていた。クロエは勝手について来ただけだが。
「今度は壁を直したいって? ……まぁこれからどんどん寒くなるからな」
「あたしは平気だよ!」
「クロエは平気でもヨハン爺さんには堪えるだろ。うん、分かったよ。俺がやるよ」
「すまん」
名無しは頭を下げた。リックには世話になってばかりだ。
「魔獣を退治してくれた礼をみんなでどうしようか考えていたところだ。お安いもんだよ」
「パパが出来ればいいのにね」
「素人は黙っていた方がいい」
「あははは! そりゃその通りだ」
屋根の一件を知っているリックはそれを聞いて大笑いした。
「あー、とんぼ!」
蜻蛉をみつけて捕まえようと駆けだしたクロエを見ながら、リックはひそひそと名無しに話しかけた。
「……なぁ。まだパパって呼んでるんだけど……」
「クロエがそうしたいと言ったんだ。本当に父親だと思っている訳ではない」
「はあ……懐かれたな」
「ああ」
黒尽くめの格好をやめて農夫の格好をしてはいるものの、名無しの表情の読めなさは異常だ。リックは一体なにを考えて居るんだろうと思った。
「いつかはここを出て行くんだろ。クロエが泣くぞ」
「……」
現状名無しに行くところなどない。けれどこの村では客人扱いだし、あの素朴な同居人達に迷惑がかかるようなら名無しはいつでも出て行くつもりではあった。でもあの時、どこにも行かないとクロエに約束したのも事実だ。
「考えておく」
名無しはようやっとそれだけ答えた。それから二日もするとエミリアは起き上がれるまで回復した。
「これからまた旅にでるのか」
名無しがそう聞くと、エミリアはふるふると首を振った。
「いいえ、教会にお世話になろうと思ってます」
「まだ全快とは言えんしの、それがええ。無理をしたらまた倒れる」
「ええ、それもありますけど……救わなければならない者がいるところにはしばらく留まりたいと思いまして」
「救わなけければ?」
「ええ」
エミリアは薄く微笑みつつ、教会へと移った。
「なにを救うんだ」
名無しはエミリアの言葉の意味を理解できないまま、その後ろ姿を見送った。
「光魔法とは言え、暴力には変わりないですから」
「身を守る為だろう?」
「……それでも命を奪う事になりますから。それは神の教えに背きます」
「……」
ならば、命じられるまま命を刈り続けた自分はこの女にとってどういう存在に映るのだろう。名無しは神の存在など信じていないが、それでも居心地の悪さを感じていた。
「はい、麦とお豆のおかゆだよ」
その時、クロエが食事を持って現れた。
「ありがとう。神に感謝を」
「作ったのはクロエだ」
エミリアは一瞬きょとんとして名無しを見た。
「……そうですね。ありがとうクロエちゃん」
「食べられるだけでいいからね! 無理するとまた具合悪くなるから」
「はい」
そう言いながらも、エミリアは出されたかゆを全部食べた。薬がよく効いているようだ。
「お世話になって申し訳ありません」
改めて礼を言うエミリア。ヨハン爺さんは首を振って答えた。
「遠慮せんでええよ。ゆっくり養生しなせい」
「ところでなんであんな所で倒れてたんだ?」
名無しは思っていた疑問をエミリアにぶつけた。エミリアの倒れていた所は町からそう遠くない。町にいれば行き倒れる事もなかったのではないかと名無しは思った。
「それが、手持ちの旅費を使い果たしてしまいまして……。町では教会に泊まれたのですが、それまでの無理がたたったみたいです」
エミリアはちょっと照れくさそうに答えた。
「本当に世間知らずで……恥ずかしいです」
「ならこれを」
名無しはそんなエミリアに金貨を一枚差し出した。エミリアは驚いた顔で名無しを見る。
「まだ……名前もうかがってませんでしたね」
「……アルだ。そしてこの爺さんはヨハン、それからあの女の子はクロエ」
「そのお金は受け取れません」
きっぱりとエミリアは答えた。名無しはそれを聞いて少しがっかりした。クロエの時といい、なぜ自分の贈り物は喜ばれないのか。
「俺から受け取るのは嫌なのか?」
「え……いいえ、そういう事ではありません。私はこのように看病して貰っただけで十分ですし、あとは教会に頼りますから……」
そう言ってエミリアは少し黙った。しかし無表情な名無しをみて続けた。
「私は尼僧です。施しは受けます。しかし日々の糧の余裕のある所からです」
「……どういう事だ?」
「そのお金はヨハンさんとクロエちゃんに使ってください」
そこまで言われて名無しはようやく理解した。この廃屋に近いあばら屋の住人から金貨を貰う訳にはいかないという事だろう。
「……分かった」
「起き上がれるようになったら教会に移りますから」
「ああ」
そう言うとエミリアは眠りについた。それを見届けて名無しは家の外に出た。
「もう、パパったら病気の人はそっとしておいてあげなくちゃ」
「そうなのか」
名無しは外で水まきをしていたクロエに怒られながら、自分達が寝起きしている家を見た。
「屋根もひどかったが、壁も直さなきゃな……リックに頼むか」
秋の高く澄み切った空。その空の下、名無しとクロエはリックの元を訪れていた。クロエは勝手について来ただけだが。
「今度は壁を直したいって? ……まぁこれからどんどん寒くなるからな」
「あたしは平気だよ!」
「クロエは平気でもヨハン爺さんには堪えるだろ。うん、分かったよ。俺がやるよ」
「すまん」
名無しは頭を下げた。リックには世話になってばかりだ。
「魔獣を退治してくれた礼をみんなでどうしようか考えていたところだ。お安いもんだよ」
「パパが出来ればいいのにね」
「素人は黙っていた方がいい」
「あははは! そりゃその通りだ」
屋根の一件を知っているリックはそれを聞いて大笑いした。
「あー、とんぼ!」
蜻蛉をみつけて捕まえようと駆けだしたクロエを見ながら、リックはひそひそと名無しに話しかけた。
「……なぁ。まだパパって呼んでるんだけど……」
「クロエがそうしたいと言ったんだ。本当に父親だと思っている訳ではない」
「はあ……懐かれたな」
「ああ」
黒尽くめの格好をやめて農夫の格好をしてはいるものの、名無しの表情の読めなさは異常だ。リックは一体なにを考えて居るんだろうと思った。
「いつかはここを出て行くんだろ。クロエが泣くぞ」
「……」
現状名無しに行くところなどない。けれどこの村では客人扱いだし、あの素朴な同居人達に迷惑がかかるようなら名無しはいつでも出て行くつもりではあった。でもあの時、どこにも行かないとクロエに約束したのも事実だ。
「考えておく」
名無しはようやっとそれだけ答えた。それから二日もするとエミリアは起き上がれるまで回復した。
「これからまた旅にでるのか」
名無しがそう聞くと、エミリアはふるふると首を振った。
「いいえ、教会にお世話になろうと思ってます」
「まだ全快とは言えんしの、それがええ。無理をしたらまた倒れる」
「ええ、それもありますけど……救わなければならない者がいるところにはしばらく留まりたいと思いまして」
「救わなけければ?」
「ええ」
エミリアは薄く微笑みつつ、教会へと移った。
「なにを救うんだ」
名無しはエミリアの言葉の意味を理解できないまま、その後ろ姿を見送った。