――目の前には、一人の異形。
――何で…………
――何でこんな事に…………?
――これが初仕事だって?
――ふざけるのも大概にしろよ‼︎
――何だよ!
――そんなに俺から奪いたいのか?
――そんなに俺が絶望しているところを見たいのか?
――楽しいか!
――お前ら‼︎
――――見てるんなら。
――――そうやって見てるんなら。
――――――ちょっとは助けて下さい…………
だが彼らは言うのだろう。
どうせ傀儡なのだから。と。
◆
「はっ………………」
目が覚めた。
どうも目覚めが悪い。
何か、昔の夢を見ていた気がする。
通りでそりゃぁ。
昔の夢なんて、悪夢以外の何物でもないのだから。
わざわざこんな時に思い出さなくても良いよ。
そう思いつつ周りを見渡す。
この部屋にベッドは二つあったので、窓際のベッドをジルが。入り口側のベッドは俺が使っている。
ジルはまだ寝ていた。
そうして寝顔を見ていると、嗚呼ジルもまだ子供なのだなと実感する。
幾ら歳が進もうとも、子供の寝顔にはやはり子供特有の何かがあるのだ。
俺に対しては、心を喪くし、淡白に振る舞われたので少し子供とは遠い存在なのかと錯覚するが、やはりまだ子供なのだ。
子供の背負うものにしてはあまりにも大きく、重すぎる。
アイジスはただ、自身を諌めるのに必死だった。
◇
アイジスはベッドから降り、窓に掛かってあったカーテンを開く。
朝日が入り込んでくる……かと思いきや、空に暗雲が立ち込めていた所為で、朝日が入って来ることは無かった。
しかしカーテンを開く音は部屋に響いたらしく。
「ん……んぅぅ………………」
後ろでそう呻く声がしたので振り返ると、そこには上体を起こしているジルが居た。
「おはよう…………」
一応言ってはみるものの。
「……おはようございます」
あれ? 返事があった。
だがしかし淡白だなぁと、しかし返事があるだけマシか、と。
色々と思案するアイジスだったが、無駄だと悟り放棄する。
そうしている内に気付けばジルはベッドから降りて、布団を畳んでいた。
自分は既に畳んでいたので、ジルの手際を見て、十歳にしては良く出来る子だなと感心した。
◇
「あら、おはよう! ぐっする眠れた?」
一階に降りると、そこに居たのは受付の女性。
歳は恐らく四十くらい。気さくで人当たりの良い、常にエプロンをしているおばちゃんだ。
名をジョウル・クラウゼと言った。
この宿屋の店主である。
「はい、ベッド気持ち良かったです!」
「そりゃぁ良かった! そちらの嬢ちゃんも、どうだった? ゆっくり眠れた?」
女性は少し屈みながら、ジルにも寝心地を訊ねた。
アイジスもジルに視線を向けるが、その視線は不安気だ。
ジルが果たして返事をするのかと、懸念している。
そして十数秒。
案の定ジルは俯いたまま何も言を発しなかった。
「じ、ジルも気持ち良さそうに寝てました!」
「そ、そうかい? なら良いが…………」
すかさずアイジスが割って入ったのでこの話題は終了する。
「アイジスさん! おはようございます!」
また一階の奥より一人の女性がやって来た。
「ジルちゃんも、おはよう!」
妖艶な体つきとは裏腹に、可憐な顔を綺麗なブロンズの髪の間から魅せるこの女性は、名をリリー・ハイヤルと言う。
「おはようございます!」
アイジスはそう返事し、ジルは軽く会釈する。
リリーは笑顔で頷き返し、そのまま店を出ようとして……
「リリー! 忘れてるよ!」
そう言いながらまた奥から出て来たのは一人の男。
顔も特に美麗な訳でもなく、お腹だって締まっている訳では無いが不思議とイケメンに見えてしまうのは、その包容力と無意識に行使している人心掌握術である。
名をアラム・ハイヤルと言う。
リリーの夫であり、この店で働く従業員でありながら、本業はギィガルの領主なのだ。
聞くところによると「領主として、領民の生活の一助を担う立場として、領民の生活を知り、改善しようと奔走する事こそが責務。その為には領民と共に生きるのが手っ取り早い」との事。
この宿屋で働かせて貰って、その中でリリーと結婚した訳だが、それからも、領主としても、また一従業員としても、また一人の夫としても。全て円滑に全うしているのだと。
いやはや、その手腕は賞賛すべきものである。
ただ正確には宿屋で働いている訳ではなく、リリーもそうだが、リリーとアラムは、宿屋従業員、兼食事処店主を務めている。
だがジョウルは、何れは宿屋と食事処を合併させようかと考えていた。
なのでリリーは食事処店主なのだが、宿屋の次期店主も担っていた。
それに伴ってジョウルも従業員を募集しているそう。
アイジスとジルは流石に出来ないが、密かに応援しようとは思っているのだ。
「あ、おはようございます」
「おはようございます…………」
アラムも、急ぎながらもアイジスに対して挨拶を欠かさない。
しかし急いているので、そのままリリーを追って外へと出てしまった。
その手に持っていたのは一本の傘。
今ももう既に、満点の暗雲が町を覆っていた。
いつ雨が降っても可笑しく無い。
「ジル。残念ながら今日も夕日は見られないかもな」
そう言うと、ジルは少し落ち込んだ表情を……する訳でも無く、ただ小さく。
「はい」
と言うのみだった。
「リリーは行ってしまったけど、どうする? 朝食べていくかい?」
いつの間にかエプロン姿のジョウルは、アイジスとジルに問う。
「はい、お願いします!」
「まいどっ!」
そう言ってジョウルは厨房の方へと消えていった。
そうしてアイジスとジルは食事処の椅子に座る。アイジスの対面にジルが座る形だ。
◇
アイジスは思う。
これからも暫くはジルと共に旅をする訳で。
この観光を機に少しでも距離を縮めたいものだな、と。
しかしアイジスは知らない。
その願いは、最悪な形で成就される事となるのだ。