「よし。まず出してみろ」

 庭に出て次第、父はニヤニヤしながらそう催促する。
 ハァと溜め息を吐きつつ。
 そっと再び箱を開くと、そこにはさっきも見た一振の打刀。

「持ってみろ」
「は、はい…………」
「刀とは古来、創始神ルイア様がガイムーンの民へ賜った神器が受け継がれ完成したものだと言われていて――――」
 
 コルが何か喋っているが、毎度の事聞き流す。
 コルの背から、ダイアがワクワクした目でコチラを覗いてくる。
 何とも可愛いなぁ。
 よっしゃその期待に応えねば。
 俺は剣の柄を両手でしっかり握った。
 相変わらずコルはニヤニヤしている。
 正直少し気持ち悪いが、何も言わないのが俺の優しいところ。

「フンッ!」

 そしてそう踏ん張りながら持ち上げようとするが。
 一応は持ち上がるものの、重過ぎて振るまでに至らない。
 先ず(こじり)が上に向かないのだ。
 なので刀として扱う事すら不可能な上、危ない。

「…………そうかぁ……………………」

 コルが一つ、溜め息を吐く。
 いや、溜め息吐きたいのはこっちだよと、心の中で叱っておいた。

「なら先ず筋トレからかぁ…………」

 何やら怖いワードが聞こえたが取り敢えず無視して、箱に戻した。

「お父ちゃま。キントレってなぁに?」

 コルの背後からダイアが問う。

「まぁこれから毎日アイジス兄ちゃんがやってくれるから、ダイアも真似してやってみるがいいよ」
「うん! ダイア、キントレする!」

 いらん事言うなぁ!
 そう叫びたいが我慢する。
 しかし……完全に逃げ道を塞ぎに来ている。
 これがコルの素なのか果たして謀っているのか。
 どちらにしろ領主としては素晴らしい人材だと言える事に間違いはないな。
 この誘導術。いつか見習わなくてはと強く思う。

 だがどうもこの筋トレからは抜け出せない模様。
 大人しく従う他無いようだ。

「よし! なら今からでもやろう! アイジス! その刀は倉庫に直して、家に集合にしよう!」

 勝手に色々決まって行く…………

「その間に私は筋トレメニューでも考えておくとする。よし、ダイアも、行くぞ!」

 そう言ってコルはいつの間にか庭から消えていた。
 面倒臭い…………
 正直そう思いながら、箱を持とうとすると。

「面倒臭いわよね、あの人」
「ぬわぁ‼︎」

 急いで背後を振り向くと、そこにはティリムの姿。

「ちょっと、話をしましょうか」
「は、はぁ。あ、お父様は……?」
「あの人は放っておいて大丈夫でしょう。どうせダイアと一緒に遊んでるわ」
「まぁ…………そうですね」

 嗚呼見えてコルは、ダイアに対しては相当な親バカだ。
 ダイアにだけ溺愛しまくっている。
 側から見れば少々気持ち悪い光景だが、ダイアが喜んでいるのだから良いかと、ティリムは黙認していた。
 一応身分的にはコルが一番偉いのだが、何かとコルはティリムの尻に敷かれている。
 なので我が家で一番偉いのはティリムなのだが。

「貴方、本当にアイジス?」
「――――えっ?」

 えっと、ティリムは何を……?

「――って事は、アイジスの皮を被った別人って事なの」
「いいや、お母様、何を仰って――」
「惚けても無駄よ」

 マズイマズイマズイ!
 えっと、どうする!
 どうすれば良い!

「だって貴方。四歳児にしては大人びているからね」
「いやいや、そんな事ありませんって」
「あるでしょう。四歳児はそんな流暢に敬語は使えない」
「い、いやぁ現に僕が使えているので…………」
「それは貴方が別人でない理由にはならない」

 何で行き成りこんな事を!
 どうしろって言うんだよ!
 ルイア! 助けて!

《――――――――――》

 そりゃそうだ、こっちからは連絡できないんだっけ?

「いや……えっとぉ…………その…………」

 もう何も出てこなくて自分から墓穴を掘ってしまう。
 …………終わった。

 ――そう思ったのだが。

「ウフフ! ごめんなさい。ちょっと意地悪してしまいました」

 その心配は杞憂に終わる事となる。

「確か思い始めたのは貴方が二歳の頃だったかしら。二歳児にしては所作が大人びていて、少し私もそこから違和感を覚えて。でも黙って。そのまま二年過ごす内に、何となくそう確信が持てて来てね」

 だからって、中身が違うなどと言う発想、早々出てくるものでは無い。

「だからって、何故、僕の中身が違うなんて発想に…………?」
「あら、あんなにいっぱい読書していたのに知らないのね。意外」

 曰く。
 伽話や逸話、神話などで頻繁にこう言った事例が出てくるのだそう。
 だからって現実だと思うか?

「な、何故その様なフィクションがここで起きている……と?」
「アイジス。これはフィクションじゃ無いの。昔本当に存在した創始神様の逸話が基となった実話なの」
「あ……はい」

 創始神……って、何の事だろう。

「いえ、そんな事はどうでも良いよ」

 どうでも良いのなら力説するなよ……

「――本当に、中身は別人なの…………?」

 真面目な顔で、俺の目を真っ直ぐ見て訊く。
 そこにあるのは、ただ自分の愛息子の所在を訊く一人の母親なのだ。

「…………ごめんなさい」

 だからこそ、僕はそう言う他出来なかった。

「ごめんなさい……。僕の所為で、貴女の息子さんは命を落とした。僕が居なければ、今頃貴女は。本当のアイジスと、幸せな生活を送れていた」

 今気付いた。
 俺は、一歳時のアイジスと()()()()()()のだ。
 俺は電車に轢かれる直前に自我を抜き取られたのだが。
 その時には、地球での俺の体に宿っていた自我は、未だ一歳のアイジスのものだったのだ。

 ――アイジスは、この世の何も。母親の愛にさえ気付かぬ内に、俺の身代わりとなっていた。

 アイジスが死んでくれたお陰で、今の俺がいる。
 なのに俺は今まで、この三年間。
 ただ新しい生を謳歌できると歓喜し、何も考えず、のうのうと生きていた。
 アイジスと言う名の亡骸を、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も踏みつけにして。
 顔に泥を塗って、穢した。
 そんな事、許されるべき所業じゃ無い。

「ごめんなさい…………」

 俺は、ただ謝る事しか出来なかった。
 貴女の愛息子を、ただ無意識に、蔑ろにして来たのだから。
 裁かれて当然だ。
 殺されてもあまり文句は言えない。
 本当に悪い事を……してしまった。

「ごめんな――――」

 そう言おうとした時。

「もう。もう何も言わないで良い」

 そっと俺を抱擁した。

「その謝罪の真意は、申し訳無いけど今の私には解らない。何で貴方がそこまで傷心しているのかも、解らない。でも――――」

 ティリムは、俺の肩に顔を埋もれさせて。
 そっと囁いた。

「でも、この二年。私はとても楽しかったよ」

 僕の肩は、少し湿っていた。

「毎日ご飯食べる時も。一緒に遊んだ時も。ダイアの世話を手伝ってくれ事もあったよね。それもこれも全部。私にとっては、貴方との、そしてアイジスとの思い出なのよ」

 鼻の啜る音が、耳元で聞こえた。

「…………ごめんね、()()()()。もっと早くに、気付いてあげられなくて…………」

 ごめん……ごめんなさい…………
 そう、ティリムは肩に顔を当てながら哀哭した。


 人に内在するものとは。
 些か不可解なのだ。
 それでいて。
 とても儚く、そして美しいものなのだと。