また一年経った。
 俺は四歳、ダイアは三歳である。
 ダイアも段々と話せるようになり、可愛さが指数関数的に増大している。
 あぁ、今の俺、シスコンだどうだと罵倒されそうだ。
 だがその魅力に気付いてしまったのだ。
 後はその素晴らしき世界の奔流へと、身を任せるのみ。
 …………げに素晴らしき。

「アイジス!」
「はい! お父様!」

 煩悩に身を任せていたが為に不自然な程大きな声が出てしまった。
 不覚不覚。

「ちょっとそこの箱取ってくれないか!」
「承知しました!」

 今は家の裏にある倉庫の整理をしている。
 ……倉庫と言うよりは、倉だ。
 一つの小さな一軒家みたいな風体をしながら、中に入るとそこそこの量の物が、棚に整然と並んでいる。
 しかし埃が凄かったので、今日は家族皆で倉庫の掃除である。

「お父ちゃま。これどこに置いたら良いの?」
「おぉダイア、それはなぁ………………」

 後ろから可愛い愛妹がコルに話しかける。
 可愛いなぁ…………
 そう思いながら俺はしっかりと仕事を遂行する。
 コルに言われてた通り、目の前にある箱を取り、運ぶ。
 ちょっと重い。二キログラムはあるかな。
 そして形状が独特である。
 長い。
 細長い。
 一メートル近くあるかもしれない。

「お父様。これは何なのですか?」

 少し気になったので訊ねてみた。
 するとコルは。

「あぁ、アイジスも興味あるか? いいぞ。開けてみろ」

 掃除を一時放棄して、コルはニヤけながら俺の近くへと歩み寄ってきた。
 そのにやけ顔は、何か企んでいる顔だ。
 数年前も、言語理解が早かったからと言って、家にある大量の本を読まされた。
 何故かこの世界の言語も日本語だったのでそりゃ言語理解も早いと言うか既知なのだ。だからごく自然な事なのだが。
 その時もこんなニヤけ顔をしていたのだ。
 読書地獄。
 二度とゴメンであったが、また発動させてしまった。

「い、良いのですか…………?」

 嫌だ。
 心底嫌なのだが。
 流石に父親に嫌われることだけは避けなければ。
 だからこそ、断って欲しいと一縷の望みに賭けてそう質問してみた訳だが。

「勿論だ! ほら。早く開けてみろ!」

 ほら案の定。
 もう仕方が無い。
 ここまで来て仕舞えば、後戻りはできない。
 俺はその箱をそっと地面に置いた。

「兄ちゃま! 何開けるの?」

 その時、背後より我が愛妹が抱きついて来た。

「ダイアがね。どうしてもこの箱の中身を知りたいと言うのでね。開けさせてるのさ」

 どうしても、なんか言ってない!

「えーそうなのぉ? ダイアも見るっ!」

 俺を抱いていた手を解き、一歩後ろから俺の手の元を覗き込んだ。
 ああ可愛いなぁ…………
 歪みそうな口角を必死に硬めながら、

 俺は箱の蓋に手をかける。
 ゴクリと、唾を飲み込む音が聞こえた。
 サァサァと、紙の箱の、蓋と擦れる音が響く。
 そして姿を現したのは。



「――刀――――?」



 漆黒の鞘に収められた、一振の打刀。
 錆びついている様では無く。
 ただ純粋に美しいと思う。
 柄の部分は少し綻んではいるが、前の所有者が沢山使っていた証拠だろう。
 それでもまだ全然使えそうだ。

「おや、アイジスは知ってるのか」

 あ、不味いか?
 知っているのは前世の知識があるからだが。
 前世の話なんかしてないし、出来るわけが無い。
 自分の子供は、実は中身は違ったなんて、親としてとても耐え切れることじゃない。
 なのでこの事は絶対秘匿なのだ。
 だからこそ、不自然な言動は謹んできたのだが。
 果たしてどうするか…………

「は、はい。本の中にそう言った記述を見たものでして……」

 あったかどうかは解らない。
 だがあるんじゃ無いのか?
 コルはここまで俺に刀を触らせようとしていた。つまり刀に何かしらの愛着の様なものがある。
 なら刀に関する本がこの家にあっても、可笑しくは無い。
 俺が何の本を読んだかなんてコルが全部覚えてる訳ないのだから、その本が存在していればもう勝てる。
 さてどうか…………

「あぁ成る程な。確かに、お前には沢山本を読ませていたが……。アイジス、よく勉強したな。偉いぞ」

 そう言ってコルは俺の頭をくちゃくちゃにした。
 あぁ何とか誤魔化せた…………

「お父ちゃま。『カタナ』ってなぁに?」

 コルの服の袖を(つま)みながら、ダイアがそう訊いた。

「良い機会だ。じゃあちょっと庭に出ようか。アイジス! ちゃんと、その刀忘れるなよ?」

 ああ長引くぞ…………
 そう思いコルの後ろを見ると、そっと小さくため息を吐くティリムの姿が。
 昔からなのかな、この性格。
 好きなものに対して真っ直ぐと言えば聞こえは良いが、しかしそれが周りを巻き込み出すと話は別だ。
 聞く分にはまだ良い。
 だがコルの場合、それをさせようとする。
 つまり、恐らくコルは、俺に刀を教え出すのだ。

 ――実に迷惑な話である。

 確かに刀は格好良いが、それが自分に出来るとは到底思えない。
 出来たら格好良いが。
 いや、確かに格好良いな。
 ちょっとくらい練習してみるのも悪くないかもしれない。

「何ニヤけているんだ?」

 俺はニヤけてなど居ない。
 俺は再び箱の蓋を閉め、持ち上げた。

「よっしゃ、行こうか!」

 コルは早足で庭へと向かった。
 それにダイアが、満面の笑みで着いて行く。

「行ってらっしゃい」

 ティリムは、温和な笑みを浮かべながらそう言い、手を振った。
 どうやら付き合う気は無いらしい。

「…………はい」

 コルに対して少し面倒臭そうに返事をすると、何故かティリムは嬉しそうな顔をした。
 こう言うところ、コルとティリムは仲が良いのかなぁと思ってしまう。

 そして俺は箱を持って、庭へと歩いた。
 これが俺と刀との、初めての出逢いである。