「灯璃…、でもっ」

「そうよ、奏」

ずっと俯いていた折原さんが顔を上げた。
涙で瞳は濡れていたけど、キリッとした眼差し奏くんの方を見ていた。

「いいのよ、それで。奏の好きなようにしていい…だけど、もし奏がうちにいることに引け目を感じてるとか私に申し訳なく思ってるって言うんだったらそれは違うから。好きにしていいことじゃないから」

「藍…」

「もっと欲張ってよ」

涙を流しながら笑った。にこっと口角を上げて。

「奏が本当に大事だと思うものは手放しちゃダメだよ」

「藍のことだって俺はっ」

「うん、わかってる。わかってるから…私は奏がいてくれたらそれでいい。これからもそれでいい、それがいいよ」


誰かを想う気持ちは誰かを苦しめるものじゃない。

だけど愛とか恋とか限られたものにしか名前が付けられないから。


「私にも大切なものがあるから」


前に折原さんが言っていた。

“私には大切なものがあるから”   

何なのかなって思ってた。


「私たち幼馴染でしょ?」


たぶんそれが折原さんの想う気持ちで、折原さんのカタチなんだ。


「幼馴染はずっと私のもの、奏にとっても…ね。それはずっと変わらないのよ」


瞳を潤ませながら前を向いて奏くんの顔を見てる。

「奏の好きな人を大切にして」

「…っ」

「だから…あの家で過ごすのも好きだって言うならずっといてよ、奏が本当に家を出て行こうって思う日までいてよ。みんな奏のこと心配で待ってるんだから」

奏くんの瞳が歪んだ。
みるみる水分量が増えた瞳から、耐え切れなくなってポロポロと溢れる。必死にコートの袖で拭ってた。

「………うん」

子供みたいな声だった。

か細くて頼りないような、でも優しい声だった。

帰ろう、みんなで。


みんな一緒に帰ろう。


一緒なら、きっと大丈夫。