奏くんが折原さんのそぉっと手を重ねた。掴まれた手を覆うように。

「藍、家を出ようと思ったのは藍のせいじゃないよ」

ふるふると震えて左右に首を振った。

折原さんも何て言おうか迷ってたのかな。

「思ってたんだ、ずっと。いつか、そうしようって…そのいつかがちょっと早くなっただけで」

「どうして!?出て行く必要なんてないじゃない!私は奏に…っ」

悲しそうな表情を浮かべ、微笑んだ。

「あの家は俺の家じゃないから」

悲しい言葉だった。

悲しい目をしていた。

色のない瞳だった。

「あ、勘違いしないでね!嫌とかそんなんじゃないよ、俺は藍の家も好きだよ!」

掴まれた腕を握って、ゆっくり離すように折原さんの手を戻した。

「藍のおじさんもおばさんもよくしてくれるし、不満なんて1つもないし、それに藍がいてくれたから…あの家で過ごすのも好きだった」

「じゃあどうして!?だって奏の家だよ!もうちゃんと奏の家だよ!!」

点いていた家の明りが消えた。
街灯だけになったこの景色の中で奏くん声が木霊した。

「でも突然怖くなる!」

暗い中聞いた声は痛みさえ感じて。

「俺はここで笑ってていいのかって…俺は、俺だけ…っ、あの家で過ごしたことが思い出になるのが…怖いっ」

“小学校1年生の時ね、事故で…俺だけ助かったっていうか”

奏くんの笑った顔はいつも柔らかくて優しかった。

そんな姿に私は自分も優しくなれる気がして、不思議な空気感を纏う奏くんに心惹かれてた。


だけど本当は物寂しく、笑うたびに傷付いてたのかな。


だから静かに笑ってたのかな。


いつも笑うことに恐怖を感じてたのかな。



でもそんなの、誰も望んでないよ。