「ここね、昔は俺の家だったんだ」

目の前の家を見て、懐かしそうに奏くんが話し始めた。

「今は新しい家が建って、お父さんとお母さんとちっちゃい男の子と3人で暮らしてるんだって。まぁ偶然見かけただけなんだけど…たまにここを通ると楽しそうな声がするんだ」

いつもと変わらない様子で、たまに微笑みながら、遠くを見るように話していた。

「たまに来ちゃってたんだよね、もうないってわかってるんだけど…ふとここに来たくなって」

暗くてよく見えない、どんな風に奏くんには映ってるのか。

今どんな瞳をしてるのか。

「今日だって本当にずっとここにいたわけじゃないよ、だけど気付くとここに足が動くんだ…だってここは俺の家だったから」

揺らいだ声に苦しくなる。寂しさが詰まったその声に。

「大好きだった」

ポロッと奏くんの瞳から涙がこぼれ落ちた。

「またここで暮らしたかったな」

ひゅーっと風が吹いて、草木が揺れる。

冷たくて頬に刺さった。

さっきまで寒さなんて感じないと思っていたのに。