駅から遠ざかるように走った。

走りやすい格好だけはしていたから。

Tシャツ短パン、ついでにスニーカー…


どこまでも今日と言う日に合わなくて。


夏祭りの会場から逆の方向に向かってどんどん離れて行く、ギターの音が聴こえない場所まで一心不乱で足を動かした。

「待ってよ、灯璃っ!」

後ろから腕を掴まれグイッと引っ張られた。

思っていたよりも大きな手にガチッと掴まれ、あまりに良すぎた勢いの反動で次の一歩は踏み出せなかった。

足を止めることになっちゃった。

「今日ちょっと早く来てみたんだ、昨日とその前…来れなかったから」

私の左手首を掴んだまま、下を向く私に奏くんが話しかける。

走ったからぜぇはぁと呼吸が乱れて、肩が上下に揺れた。だけど奏くんは全然平気そうだった。

「灯璃?」

体が震える、寒いわけじゃないのに。

きっと久しぶりに全力疾走したからだ、そのせいだ。

きっとそのせいで…

「…っ」

奏くんが私の顔を覗き込んだ。

「なんで泣きそうな顔してるの?」

きゅぅと胸が熱くなった。

瞳に水分が溜まっているのは自分でもわかってる。

声を出したら溢れてしまうこともわかっていた。

「…私、何も持ってないの」

せめて浴衣ぐらい着て来ればよかったのかな。でも子供頃着てたのしか持ってないし、ヘアアレンジの仕方だってわからない。

「ただの高校生で普通の人なの…、何もないの」


だけど行きたかった夏祭り、誰かと一緒に。


忘れたフリなんかしてないで。