後ろから聞こえた声に振り返る、振り返らなくても誰の声かわかっていたけど。

「望月さん…」

「これ色塗るの?私も一緒にやるよ!色の塗り方勉強して来たの、だから今度はちゃんとできると思う!」

「部活はいいの?これは私がやるからっ」

「でも!」

一度振り返った体を正面に戻した。

塗りやすい場所に移動しようと掴んだ手持ち看板を持ち上げる、だけど片手で持つには少し重かった。木の板を貼り付けた角材はそれなりの重さがあったから。

「これは折原さんの仕事かもしれないけどっ」

隣から望月さんの手が伸びて来て、バランスを崩した私を支えるように手持ち看板を手に取った。

「私も同じクラスだから…!」

少し軽くなった手持ち看板、下から望月さんが必死に見上げてる。

「それで…っ、早く一緒に部活行こう…!」

ぐーっと手にも目にも力を入れて、その必死さが直接響いてくるみたいだった。

“奏…、ちょっと前から上手くギターが弾けないっぽいんだよね”

「奏、そんなに大変なんだ?」

「え…?」

本番は明後日、望月さんがそうなる気持ちもわかる。駿二先輩だってそうだったんだから。

「上手く弾けないんでしょ」

望月さんも駿二先輩も、きっと何も知らない。
だから私のところへ来たんだと思う。

「私が行ったとこで何も変わらないよ」

望月さんから目を逸らしてしまった。真剣に見つめる視線に耐えられなくて。

「違うよ!」

ぐっと手持ち看板の柄の部分から望月さんの力が伝わる。

「奏く…っ先輩が弾けないのはそうなんだけど、でもそれとは関係なくて私は…」


逃げたのは私の方なのに、どうして望月さんが追いかけて来るの。

望月さんにとっても私は邪魔な存在でしょ。


「折原さんにも来てほしいから!」


あまりに真っ直ぐで、あの曲の歌詞を思い出した。

望月さんの書いた歌詞はぎこちないけど、ひたむきで揺るがない思いが詰まっていたから。


「塗ればいいんだよね?あ、ペンキ!ペンキ取りに行かなきゃ、えっとピロティだっけ!?私取りに行って来るね!」

望月さんが駆けてゆく、勢いよく教室を飛び出して。