「別に、色塗るだけだから」

どれだけ上手く塗ってもこれが評価に繋がるわけじゃなくて、キレイに見せたいっていうのは私の自己満足だもの。

「料理もこーゆう才能もなくてできないこと多くて、ごめんね」

望月さんが申し訳なさそうに笑いながらペンキを塗り出した。

ペンキで色を塗る作業に才能なんてあってもなくてもどっちでもよくて、これが出来たからといって得することだって特にはない。

将来画家にでもならない限りは。

しかも、そこまでの才能は私にはない。

「望月さんは歌が上手よね」

風船の輪郭を縁取り形をなぞっていく、細かな作業だから板に夢中で前は見られなかった。

「そんなことないよ、大したことないよ。あぁやってみんなの前で歌うのは初めてだったし…評価してもらえるほどじゃっ」

「始業式の日、すごいなって持ってたスマホが震えちゃった」

録画をするために構えるように持っていたスマホ、遠くからでも思ったの。


初めて聞く曲に、初めて聞いた声。 

その隣でギターを弾く奏の表情は、ずっと一緒にいたのに見たことがなかった。


「才能よ、それは」


風船が塗り終わった。

だけど前は向けなかった。
羨ましそうにしている顔なんて見せられない。

「今日久野先生来る日よね、私クラスの準備があっていけないと思うから…奏と駿二先輩に言っておいてくれる?」

「え、あ…うん、わかった」

「私の部活での文化祭作業は終わってるから、ステージで使う物の申請とかグループ名の登録とか」

塗り終わったハケをペンキの缶の中に戻す。
ここは終わったから、他のところに手伝いに行こうかと望月さんの方を一切見ることなく立ち上がった。