僕は名前を呼びかけて、彼女の隣に他に誰かがいることに気が付いた。

僕らよりもいくらか年上で、二十代ぐらいの男だ。聞き耳を立てていると、どうやらこの男も学生寮を管理している職員の一人らしいと当たりが付く。

僕は木の陰に隠れたまま二人の会話を聞いた。


「鉢かづきちゃんの素顔って絶対可愛いでしょ! その鉢頭から取れないのって本当?」

「あ、その……はい」

「え、まじ? もったいないなあ。ねえ、頑張って外してみようよ」

「えっと、でも」

「それで取れたらおれと付き合おう? さすがに今の鉢かづきちゃん彼女って言ったら皆に笑われるけどさあ……」


男はにやにや笑みを浮かべながら初瀬さんに迫る。

初瀬さんの声は明らかに困惑しているのがわかった。


好きな女の子が、他の男に言い寄られて困っている。……怒るなという方が難しい。


「初瀬さんは今のままでも十分自慢できる女だろうが!」


木の陰から飛び出し、僕は初瀬さんを庇うようにして男の前に進み出た。

僕の顔を見た瞬間、男の顔はさっと青ざめる。


「は……うぇっ、理事長の息子……!?」

「まあ、初瀬さんを美しいと思った見る目だけは認めてやってもいいけどさ」


僕はそう言いながら、驚いて固まってしまっている初瀬さんの手を取った。

そして、戸惑ったように僕を見る(鉢で目は見えないけど)初瀬さんを安心させようと微笑む。


「その程度で彼女のこと、譲ったりしないよ。……初瀬さん、こっちおいで!」

「ふえっ!? しょ、翔様?」


僕は初瀬さんの手を引きながら、広大な学園の敷地を走った。

初瀬さんと一緒にいるおかげで、女子たちが誰も集まってこなくて快適だ。

中庭に出て、僕はようやく満足して立ち止まった。


「ねえ初瀬さん、僕の彼女になってよ」


もう何回目かもわからなくなるほど繰り返している告白。

走ったせいで息が上がっている初瀬さんは、はあはあと呼吸を整えながらも、控えめに首を振った。