「なあ師匠。前から気になってたんだけど、オレなんか悪いことしたか?」

 ハロルは腕を後ろで組んでため息交じりに呟いた。
 校舎へ続く道を歩いていた。ただそれだけだ。しかし生徒らはハロルたちを避けるように大きく道を空けている。お辞儀でもされるのなら譲ってくれているのかと思うが、皆一様に怪訝な顔つきで声を潜めてなにやら話している。目が合ったと思ったら逸らされる。レンガ造りの校門をくぐるなり、ずっとこの調子なのだ。

「彼らは僕たちが虚構士(きょこうし)だと言うことを知っていますから。怖いのですよ」
「なんで? なんにもしてねえじゃんか」
「僕たちのすることは常に彼らの予想を超えるものですからねえ。人は既知以外のすべてが怖いのです」
「きち?」
「既に知っていること」
「でもオレは知らない言葉を使う師匠のことを別に怖いと思ったことはないぜ?」
「それは君が僕を理解しようとしているからなのですよ」
「ふーん。そんなもんかねー」

 片眉を上げて呆れたように言葉を吐いた。
 すると突然怒鳴り声が聞こえる。

「お前だろ! 父ちゃんと母ちゃんの畑を荒らしたのは!」

 声がした方に視線を向けると、小太りの少年がこちらを睨んでいた。他の生徒とは違い、ハロルと目が合っても視線を逸らすことはなかった。その瞳には憎悪の色が見て取れた。明らかな敵意と怒声を向けられ、ハロルは眉間に皺を寄せる。

「なんだテメェ。やんのか?」

 ハロルは腕をぐるぐる回しながらそちらに向かおうとしたが、スーの手が頭を掴んでそれを許さない。

「やめなさい」
「師匠は悔しくねえのかよ! いきなり怒鳴られて。しかも荒らすだのなんだのって」
「今は仕方のないこ——」
「俺は見たんだよ! バケモノが畑を荒らすところを! そんで、お前がバケモノと一緒に居るところをな!」

 二人のやり取りの間に小太りの少年が声を割り入れた。

「バケモノ?」
「凄いでっかいトカゲに羽が生えたようなやつだよ! しらばっくれるなよ!」

 しかしハロルには思い当たるふしがない。なにかの間違いだ。片眉と顎を吊り上げてそちらに向かおうとするが、スーにポンチョの首元を掴まれてしまいそれは叶わなかった。

「放してくれよ。オレは濡れ衣掛けられたんだぜ師匠。あいつを黙らせてやるんだ」

 憤るハロルの腹に、そっと手が回される。「ん?」とスーを見上げたときにはもう既に体が浮いていた。そのまま小脇に抱えられる。

「ああ!? なにすんだよ!」

 ハロルはジタバタと暴れた。が、スーは一瞥もくれないでスタスタと歩きだす。校舎へ向かう足に淀みはない。

「君が無実なのは知っています。濡れ衣を着せられて憤るのももっともです。しかしここで虚構術を使って彼を黙らせたら、周りの人はどう思うでしょう?」
「虚構士ってカッコイイな! いやん素敵! 見直したわ!」
「本当にそう思っていますか?」

 語調は変わらないが、少しだけ重い。

「やっぱり虚構士は怖いって……思われるかなあ」

 ハロルの言葉にスーのまなじりが少しだけ下がった。

 ハロルは抱えられたまま、学校の裏側へ回った。教員たちがいる部屋を抜けて、学長室へ向かう。
 室内に入る手前、ハロルは外で待っているように言われた。なぜ仕事に来たのに外で待たされるのかと内心憤慨したが、中で長話を聞いていられる自信もなかったので素直に待つことにした。

 壁に背を預け、なんとなく窓の外を見ると、鮮やかな色彩を放つ花々が目に飛び込んできた。赤色や黄色の小さな花々は、白いレンガで出来た花壇の中で空を仰いで気持ちよさそうに日向ぼっこをしている。その花の向こうに、見知った人影があった。

「あ、さっきの」