くもりも傷もないガラス張りの店。塗りたてのペンキが艶々と朝日を反射している。店内にしまわれた看板には、ふわふわのシュー生地に粉砂糖が掛かっているイラストが描かれていた。
 その店内から袋を抱えたハロルがミーンの手を引いて出てきた。にこにこしている。頬がほんのり赤いのは、気分が高揚しているせいだった。

「師匠もわかってるなあ」
「こんなにたくさん。いいのかなあ?」
「労いってやつだろうぜ? オレたち頑張ったからな」

 そう言ってミーンにシュークリームを渡す。ハロルも一口運ぶ。粉砂糖が手に着いたが構わない。寧ろ指が美味しくなって望むところである。
 食べ終わってちゅぱちゅぱと指を舐めていると、ミーンが眉を(ひそ)めた。

「ハロル、行儀悪いよ」
「えー、いいじゃんかよ別に。指、美味いぞー?」
「それは指じゃなくて砂糖が美味しいの」

 そう言いながらもチロチロと小さい舌を出して自分の指を舐めるミーン。ハロルはそれを見てドキドキとしてしまう。
 この感情はなんなのか。自分でもよくわからないままだ。

 二人はスーの家に帰る途中に丘の上で休憩をした。
 眼下に街並みを捕らえる。レンガ造りの赤茶色は緑に囲まれ、果てには空の青が控えている。

「ねえ、ハロルは夢を見る?」
「それ、オレが言ったやつじゃねえか。もちろん見るぜ」
「あのときハロルが見るって言った夢、わたしも見ていたんだ。村と炎の夢」
「だからあのとき驚いてたのか」
「うん。きっとどこかで繋がっていたんだね」

 ハロルは空を仰いで「そうかもな」と呟いた。木の幹に背中を預ける。

「今見ているこれは、夢かな?」
「いや、これは現実だ」
「そうだよね!」

 隣で艶やかなオリーブがふわっと舞った。草原に咲き誇る花のように軽やかな甘さを含んだ香りが鼻孔をくすぐる。やおらハロルが視線を向けると、彼女は既にこちらを向いていた。

「ハロル、大好きだよ!」

 エメラルドの瞳がキラキラと輝いた。宝石よりも大切にすべき輝きだと思った。

「な、なんだよ急に!」

 しかしハロルはどぎまぎしてしまい、素直に返せない。

「ハロルを大好きな気持ちはずっとここに在るよ。これが現実で、本当のことで、ハロルが生きる世界なんだよ!」

 半開きの瞼。やさしく垂れたまなじり。薄い唇が、プルッと震えた。
 自分が本物かどうか。偽物かどうか。自分がなんなのか。頭を悩ませていたハロル。ミーンはその悩みを我がことのように考えてくれていたのだろう。それが堪らなく嬉しかった。
 ハロルは、美しい笑顔を真正面から受け止めて、頷いた。

「これは、さすがの天才虚構士ハロル様でも、嘘にはできなさそうだぜ」

 髪を撫ぜてやると、ミーンは飛び込んでハロルの薄い胸板に顔を擦りつけた。

 ハロルは虚構士だ。現実を生きる人間だ。確かに創られた虚構かも知れないが、今ここに確かに存在している。花と人と生命となにも違わない。この世界を生きていく。そして今日もハロルは夢を見る。この世界が本物であることを、確かめるようにして。