陽が山間に没した頃、イアルグの名もなき村に到着した。一行はすぐにナガーの元へ向かった。
 解毒薬を飲ませると、彼女の顔色が少しだけ良くなった。

「あり……が、とう」

 まだ痺れの残った口を動かして言葉を紡いだ。
 彼女がまともにしゃべれるようになるまで回復してから、スーはアミトラを連れて来て彼女の前に跪かせた。

「約束通りのアミトラです。彼女は裁かれてなどおりませんでした。エノスで虚構士として働いていましたよ。ですが謀反を企てた者としてお尋ね者にしておきました。それと創筆も持っていないので彼女にはなんの力もありません。さて、どうしますか?」

 ゆったりとした口調で言っているが、要約すると抵抗する術を持たないこの女を殺すかどうかと尋ねている。
 ナガーはぼんやりとした視線を彼女に送る。毒のせいで意識がはっきりしていないと言うわけではない。ゴミを見るにはこれで充分と言ったような、はっきりとした侮蔑を感じられる瞳だった。

「私はお前を許してなどいないが、しかしお前などでも殺せば記憶に残る。わかるか? 害虫を家の中で潰したときのあのなんとも言えない気持ち悪さのことを言っているんだ。お前ごときのためにそんな思いはしたくないのでな。殺さないでおいてやる。代わりに、お前は二度と虚構士を名乗るな。虚構士は私の命の恩人の職業だ。お前が名乗っていいものではない」

 言い切られ、アミトラはキョトンとする。

「そう言うわけですから、どうぞご自由になさってください」

 スーが退出を勧めるように出口の扉を指した。アミトラはしかし動かない。スーは彼女の腕を引っ張り扉の前にまで連れていく。

「ね、ねえ、スー。虫のいい話だと笑ってくれて結構なんだけど、私も連れて行ってくれないかしら」
「どうするおつもりで?」
「アシオンであなたの下で修業させて欲しいの。弟子として。なんでもするわ!」

 スーは肩を揺らして笑った。つられてアミトラも引きつった顔のまま笑う。

「君ごときになにができるのですか?」

 笑顔を貼り付けにしたまま、零度の声質で吐き出した。アミトラはビクッと肩を震わせるだけで声も出ない。

「ハロルやミーンの方が君の数億倍働いてくれますよ? 君には虚構士の才能がない」
「そ、そんなことは……!」
「ところで君、忘れていませんよね? 君の数億倍働いてくれる弟子を危険な目に合わせたこと。まさか許されるとでもお思いで?」
「いや、その、それは、その、ごめんなさい!」

 スーは笑みを深めて、彼女の頭にポンと掌を載せた。

「なるほど、なるほど。随分と反省していらっしゃるようですね」
「そ、そうなの! だから——」
「でしたらそうやって意味もなく一生謝っていなさい。取り返しのつかないことをした人間にはそれがお似合いでしょうしね。そうしていつかご自分に問いかけなさい。自分はなんのために謝っているのか」
「なんのためって、それは……」

 言葉に詰まったアミトラの前に回り、肩をやさしく掴んだ。

「君は君のためにしか謝れませんよ。そのごめんなさいで許される烏滸がましい未来なんかを想像しないでください。……あー、いえ、これは僕としたことがいけませんねえ。あなたの想像力では、その程度が限界だと、初めからわかって差し上げるべきでした」

 目を見開き、咽喉を痙攣させて「あ」「う」としか言えないアミトラを尻目に、スーは言葉を続ける。

「それに、君の国籍はエノスのままでしょう? 虚構術の使用許可証がない状態で、アシオンで虚構術を使わせるわけにはいきませんよ。僕みたいに、街の真ん中で死刑に処されてしまいますからね」

 もちろんエノスに戻ったところで王からの信頼は失っている。恐らく反逆者として他国に知れ渡るのも時間の問題だ。放心したまま、アミトラはぶつぶつと呟く。

「じゃあ、私はいったい、これからどうやって」
「さあ? ご自分でお考えになりなさい。ハロルやミーンだってそうしています。君は仮にも虚構士でしょう? 創造力は虚構士の基本ですよ」

 ポンポンと肩を叩いて、背中を押す。朗らかな笑みを湛えたまま、スーは彼女を家の外へと追いやった。