その日のうちにハロルたちはイアルグ方面へ出発することにした。ナガーの容態が気になったからだ。御者としてスーが馬を繰るその馬車には、ハロルとミーンの他にアミトラも乗っていた。

「師匠。お願いがあるんだけど」

 ハロルはスーに寄り道を頼んだ。
 本物のハロルとドリシエが吸い込まれた木は、相変わらずの巨大さと多種多様なフルーツを枝に蓄えていた。風がざわめくと、葉の歌に乗って鳥のさえずりが聞こえてくる。

「ここに、オレを生んだハロルとドリシエが眠ってるんだ」

 ハロルがそう言うと、アミトラは木の前にまでよろよろと歩き、それから俯き、目を瞑った。スーはそんな彼女の背中になにかを言いかけたが、口を噤んで最後までなにも言わなかった。

 ハロルは近くにあった大きめの石を両手で抱えて木の前に持ってくる。地面を掘ってそれを埋めた。
 創筆を構え、石の上で躍らせる。

【永遠なる刻印。忘却なき彼岸。結ばれし二人。生命の名】

 ハロルが書き終わると、ミーンが傍によって石に刻印された文字を読み上げる。

「ハロル・バードリーとドリシエ・ラブックの生命はこの樹に永遠に宿る」

 彼女が見上げる。ハロルは得意満面に見下ろした。

「これで忘れないだろ?」
「でもこれだとハロルがここに居るみたいだよ?」

 確かにそうだ。とハロルは人差し指を顎の上に載せた。

「じゃあこれからは、オレはハロル・フェアードって名乗るようにするぜ」
「わあ! わたしたち結婚したみたいだね!」

 満面の笑みを湛える彼女に、ハロルは顔を赤くする。そうして気まずげに視線を逸らした。

「そ、それはダメだろ」
「えー! なんでー?」

 ハロルの胸にミーンが甘えた声で飛び込んでくる。薄い胸板に爪を立てるようにしてブラウスを掴む。ハロルは仰け反り、困った顔をスーに向けた。

「ハロルはハロル。良いじゃあないですか、それで」

 スーの言葉に二人は顔を見合わせて笑った。