スーは広場の中心まで歩いて行き、アミトラと王の前に立った。

「え!? スー!?」

 アミトラは愕然とした表情で彼を見るだけで、それ以上なにも出来ない。

「王よ。ご覧ください」

 そう言ってスーは掌をドラゴンに向けた。
 するとドラゴンは陽の光に溶けるように居なくなった。

「な、なんだ……!?」

 スーはパンパンと手を叩いた。

「みなさんご安心ください! ドリシエのドラゴンは僕が無力化致しました!」

 周りの民衆はキョトンとして、なにも発せず、なにも出来ずに、ただスーを見つめた。

「王よ。あなたは僕を処刑することで、アシオンと戦争をなさるおつもりでしたね」

 目を疑うような事態から耳を疑いようなことを言われた王は、一瞬なにも反応できずにキョトンとして、それからややあって口をパクパクさせ始めた。

「な、なにを言うか。なにを根拠に!」

 スーは民衆の方を向いて弁舌を振るう。

「僕たちは確かに先程アミトラが言ったように、このエノスにて虚構術を使ってしまいました。しかしそれは、アミトラが仕向けた罠に掛かってしまったに過ぎない。彼女らは、我々が国内に入ったところを狙って襲撃してきたのです。咄嗟のことでした。命を守るため、危機回避のため仕方なく使ったのです。それを罪だと言い張り、我々を捕まえ、死罪に追いやりました」

 スーは広場の噴水の前の一段高い場所を歩きながら、民衆に届くようにハッキリとした声で続ける。

「みなさん。先程言ったように王は戦争をしたがっています。理由は、この国に物資が少ないため。輸出入ではこの国はじり貧です。少しでも国土を広げ、生産力の向上を図る必要がある。しかし戦争するには理由がない。なら、どうでしょう。我々が国際的な罪を犯したと言うことに仕立て上げ、イデオロギーをでっち上げたら。そうすれば、周辺諸国も味方をしてくれる好条件で戦争を始められる」

 王は近くの兵に命令する。

「黙らせろ!」

 兵は剣を抜き、スーに近寄っていく。

「黙りませんよ」

 スーが掌を翳すと、兵の鎧は粉微塵に砕け散り、剣が折れた。目玉が飛び出さんばかりに驚いた兵は、腰を抜かしてその場に倒れ込む。這いつくばりながら、スーから逃げていく。

「王よ。ドリシエはこの国で一番強い虚構士ですね」
「う、うむ」
「そのドリシエのドラゴンを一瞬にして消し去った僕の力をこれ以上見くびると言うのなら考えがありますが、どうします? このまま演説を続けても?」

 王は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「くっ……、いいだろう。しかし、根拠はなんだ。なぜそう思う」

 スーは眉を上げ、目を細めた。その視線はアミトラを刺している。アミトラの表情に焦りが現れ出る。

「おやおや。まったく推測が行き届かないとは。アミトラは相当上手く王を謀り続けたようですね」
「な!?」
「どういうことだ、アミトラ」
「違いま——」
「僕がご説明致しますよ」

 スーが言葉を遮ると、アミトラは創筆を抜いた。それに対してスーは掌を向けるだけだ。

「アミトラ。君は僕より弱い。それは出会った頃から今までも、そしてこれからも変わらないのです。諦めてください。才能を未来ごと」

 アミトラはギリギリと歯を食いしばった。

「王よ。彼女が僕を捕まえるところまでは、宰相の思惑通りだったのでしょう。しかし僕の虚構術の強さを彼女は見誤っていた。だから昨晩、僕が捕まっていた独房に来たとき、まさか身動きが取れない僕に敗北を喫するとは思わなかったのでしょう」
「あっ……!」

 兵士の一人が声を上げた。

「確かに昨日、レオフェ様はスーの独房に行っておりました! 帰って来たときに、息が荒かったのと指に血が付いていたので不思議に思っていたのですが!」

 アミトラは細い目を見開いた。肩が震えている。

「彼女は僕に因縁があった。だから僕を痛めつけようとわざわざ単身独房まで来たわけですが、僕はそれを返り討ちにしました。そして命を見逃す代わりに、今回のことの真相を白状させたのです。そこで王が戦争の計画を立てているのを知りました。なんとしても止めなくてはならない。その場で逃げ出すことは簡単でしたが、それでは騒ぎは大きくなり、戦争をするための理由ができてしまう。なので僕はこの場に留まることを決断し、彼女伝いにドリシエにこの広場を襲わせる計画を立てたのです」

 スーは王から目を切り、民衆にまた語り掛ける。

「さて、みなさんもわかりましたね。王は戦争を起こしたい。もしも僕が王の思惑通りの弱い虚構士なら、ここで処刑して戦争になってもあなた方は困らないでしょう。しかし、状況は激変している。僕は強い。そしてアミトラもドリシエもその僕に、つまりはアシオンに寝返っているのです。先程からみなさんも目にしている虚構術ですが、大変便利な能力です。戦闘能力も高い。だから我々虚構士と言うのは、戦争が起きたとき戦線に駆り出され、戦うのです。つまり、その国の戦力はイコール虚構士の強さとも言えます。わかりますか? 僕の強さは見ましたね? そしてドリシエのドラゴンの強さも。アミトラは僕に及ばないにしても、この国の虚構士の中ではかなり強い部類に入る。この面々が居るアシオンを相手取り、みなさんは戦わないといけない」

 どよめきが起こる。人々の顔には不安が張り付いて離れない。

「しかしご安心ください。それはあくまでもこのままだと、と言う話です。僕はアシオンに帰っても、王に戦争をするよう焚き付けるようなことはしません。幸い、アシオンは物資が潤沢に揃っています。わざわざ戦争を起こすメリットがない。だからみなさんが王の愚行を止めてくださればいいのです。僕だって人殺しをしたいわけじゃあない。この気持ちに嘘はありませんよ? ……まあもっとも」

 王に向き直る。

「状況が変わってなお戦争を始めようなどとは、聡明な王ならばお考えにはならないでしょうけれども」

 一段低い声で言い放つと、王は表情を強張らせたまま固まった。数拍置いてから大きくため息を吐き、重くなった首を縦にずるりと落とした。