記憶が繋がった。ハロルは、少年ハロル・バードリーだった。しかしどこか、現実感がない。と言うよりは、しっくりきすぎていて、違和感を抱けなくて、それゆえに現実味がないと言うのが正しいだろう。ハロルはしばらくボゥッ……と、
(ハロルは自分が嫌になったのか)
(ドリシエのことを守れなかったから?)
(だからドリシエに?)
などと、自分ではない自分に自問自答をしていた。それから、
(オレは記憶を失ってたんじゃなくて、そもそもそんな記憶がなかったんだ。オレはハロルの虚構術そのものなんだから。どこかに置き忘れた大切な約束は、オレのじゃねえ。ハロルのものだったんだ)
心にさざ波も立たぬほど、無感情的に自分の生い立ちをなぞった。
やがてハロルは蒸し暑さを感じ、岩に頬を当てて冷やした。
「ミーン、暑いな」
しかしミーンからの返事はない。
「ミーン?」
ハロルは地面の岩肌を掌で確認しながら、ミーンの方へ四つん這いで近づいていく。岩肌ではないやわらかなものに触れた。
「あぅ」
「大丈夫か!?」
触れた体はとても熱かった。
「……そう、だね。解毒薬、はぁ、手に入れ、ないと」
「話が、ちぐはぐだ、はぁ。ミーン、お前、大丈夫じゃあ、ないだろう、はぁ」
そこで自分が息苦しさを感じているのに気付いた。
この洞窟は狭い。光が差し込まないほどにぴっちりと締め切られているから、空気の循環もない。それに温度も上がりやすい。ミーンは体温の上昇と酸欠で意識が混濁しているのだろう。
「ミーン……!」
ハロルは蹲り、自分の膝を叩いた。鈍い音が暗闇の中に反響した。
(オレがあのとき師匠の言いつけを守って虚構術を使わなけりゃあこんなことにはならなかった。オレのせいだ。オレのせいでミーンが! いや、それだけじゃあない。師匠も連れていかれた。処刑されちまう。それにナガーだって助けられない。全部全部全部オレのせいだ! なのに! オレには力がない……! 本物のハロルなら、この状況を打破できたはずなのに! オレが偽物だから……! 偽物だから……くそくそくそくそ!)
「オレなんて居なくなればいいのに……!」
凄まじい自己嫌悪と共に、頭を膝の上の拳に押し付けた。
するとハロルの体は青白く発光し、洞窟の中をぼんやりと照らした。ミーンが「うぅん」と唸る。
ハロルはぼんやりとした瞳で、近くの石を手に取った。自分の額に五指をピタリとつけて、そのあと石を掌で覆った。
石は炎のような灯りを放ち、洞窟内を明るくした。それを地面に置くと、また額に掌をつけて入口の岩を触る。瞬間岩肌は粒子となり音もなく霧散した。隔たりをなくした外界から、西日と共に風が流れ込む。癖のある金髪がふわりと揺れ、煌めいた。
ハロルはすぅっと深呼吸をして、ミーンの方へ歩み寄った。彼の青い瞳は深い慈愛を持って向けられている。
自分の額に指をつけ、それをミーンの額に。触れた瞬間は熱かったが、徐々に冷えていって、荒かった息はやがて寝息のようになった。
それからハロルは、近くにあった石を次々に衣服や食べ物に変えていった。ハロルが着替え終わる頃に、ミーンがむくりと起きだした。
「は、ろる?」
「起きたかい」
嫋やかで低い声だった。
「だ、誰?」
「ボクはハロルだ。ハロル・バードリー。久しぶりだね。ミーン」
「え? うーん。初めまして」
ぺこりと頭を下げる。ハロルは儚く笑んで「仕方ないか」と呟いた。
「あの、ハロルは? えっと、あなたじゃなくて、綺麗な女の子の」
「ここだよ」
そう言って自分の胸を押さえた。
ミーンは首を傾げて意味がわかっていないようだったが、ハロルは構わず衣服を渡した。自分が裸であることを思い出したようで、ミーンは顔を赤く染めた。
いそいそと服を着替える。途中、きょろきょろと周りを見回している。明らかに先程とは違う風景に気付いたようだ。
「えっと、ありがとう。でも、これ、どうやって?」
問いかけが支離滅裂だったが、無理もない。
「虚構術」
「でも、創筆は?」
ハロルがそれらしいものを持っていないのは一目瞭然だった。
「普通の虚構士がやっているのは、事実からなる妄想を創筆によって書き上げるプロセスを経て具現化するんだけど、ボクは頭の中に浮かんだイメージをそのまま物質に吹き込むから、創筆は要らないんだ」
パンを渡した。
「わぁ!」
ミーンの半開きの瞼が少しだけ上がる。まなじりには感動を湛えている。
受け取るなりそれを口の中いっぱいに頬張る。ミルクが入ったコップを渡すと、すぐにゴクゴクと飲み始める。それを見て安心して、ハロルもパンを食べた。
「あ。ねえ、女の子のハロルは、胸に居るの? 出してあげて。きっとお腹が減っているから」
ハロルは聞きながら黙ってパンを咀嚼した。しばらくして、コクッと頷くと自分の額に五指をピタッとつけて目を瞑った。
青白い光が発生したと思うと、今度は銀髪を腰まで届かせた赤い瞳の少女に成っていた。
「わぁ! 凄いね! あれ? じゃあさっきのハロルは?」
「おお! ミーン! 良くなったのか! って、あれ?」
ミーンの回復を喜んだあと、周囲の異変に気が付く。
入り口を塞いでいた岩はなくなり、陽も風も入り込んでいる。衣服も着ているし、なぜか片手にパンを持っている。口に入れる。旨い。
「ミーンがやったのか?」
震えながら聞くと、ミーンはぶんぶんと首を振った。
「ハロルがやったんだよ」
「オレ?」
「男の子のハロル」
言われて、記憶が繋がっていく。男のハロルになっているときの記憶はまったくないが、過去のことを思い出したときに、自分が男のハロルの虚構術で創り上げられた存在であるところに思い至っている。
先ほど自己嫌悪に陥って気を失ったときに、男のハロルが顕現したのだろう。と憶測を立てた。
「結局、オレはにせ——」
「ねえハロル! お師匠さま大丈夫かな?」
兵士たちの会話で、処刑と言う言葉が出ていた。
「師匠、処刑されちまうかも知れない」
「なら助けないと!」
そうだ。今は自分のことを考えている場合ではない。なにはどうあれ、危機は脱したのだ。スーの元に急がなければいけない。自分のことを考えるのはそれからでいい。ハロルはそう言い聞かせて洞窟の外に出た。
(ハロルは自分が嫌になったのか)
(ドリシエのことを守れなかったから?)
(だからドリシエに?)
などと、自分ではない自分に自問自答をしていた。それから、
(オレは記憶を失ってたんじゃなくて、そもそもそんな記憶がなかったんだ。オレはハロルの虚構術そのものなんだから。どこかに置き忘れた大切な約束は、オレのじゃねえ。ハロルのものだったんだ)
心にさざ波も立たぬほど、無感情的に自分の生い立ちをなぞった。
やがてハロルは蒸し暑さを感じ、岩に頬を当てて冷やした。
「ミーン、暑いな」
しかしミーンからの返事はない。
「ミーン?」
ハロルは地面の岩肌を掌で確認しながら、ミーンの方へ四つん這いで近づいていく。岩肌ではないやわらかなものに触れた。
「あぅ」
「大丈夫か!?」
触れた体はとても熱かった。
「……そう、だね。解毒薬、はぁ、手に入れ、ないと」
「話が、ちぐはぐだ、はぁ。ミーン、お前、大丈夫じゃあ、ないだろう、はぁ」
そこで自分が息苦しさを感じているのに気付いた。
この洞窟は狭い。光が差し込まないほどにぴっちりと締め切られているから、空気の循環もない。それに温度も上がりやすい。ミーンは体温の上昇と酸欠で意識が混濁しているのだろう。
「ミーン……!」
ハロルは蹲り、自分の膝を叩いた。鈍い音が暗闇の中に反響した。
(オレがあのとき師匠の言いつけを守って虚構術を使わなけりゃあこんなことにはならなかった。オレのせいだ。オレのせいでミーンが! いや、それだけじゃあない。師匠も連れていかれた。処刑されちまう。それにナガーだって助けられない。全部全部全部オレのせいだ! なのに! オレには力がない……! 本物のハロルなら、この状況を打破できたはずなのに! オレが偽物だから……! 偽物だから……くそくそくそくそ!)
「オレなんて居なくなればいいのに……!」
凄まじい自己嫌悪と共に、頭を膝の上の拳に押し付けた。
するとハロルの体は青白く発光し、洞窟の中をぼんやりと照らした。ミーンが「うぅん」と唸る。
ハロルはぼんやりとした瞳で、近くの石を手に取った。自分の額に五指をピタリとつけて、そのあと石を掌で覆った。
石は炎のような灯りを放ち、洞窟内を明るくした。それを地面に置くと、また額に掌をつけて入口の岩を触る。瞬間岩肌は粒子となり音もなく霧散した。隔たりをなくした外界から、西日と共に風が流れ込む。癖のある金髪がふわりと揺れ、煌めいた。
ハロルはすぅっと深呼吸をして、ミーンの方へ歩み寄った。彼の青い瞳は深い慈愛を持って向けられている。
自分の額に指をつけ、それをミーンの額に。触れた瞬間は熱かったが、徐々に冷えていって、荒かった息はやがて寝息のようになった。
それからハロルは、近くにあった石を次々に衣服や食べ物に変えていった。ハロルが着替え終わる頃に、ミーンがむくりと起きだした。
「は、ろる?」
「起きたかい」
嫋やかで低い声だった。
「だ、誰?」
「ボクはハロルだ。ハロル・バードリー。久しぶりだね。ミーン」
「え? うーん。初めまして」
ぺこりと頭を下げる。ハロルは儚く笑んで「仕方ないか」と呟いた。
「あの、ハロルは? えっと、あなたじゃなくて、綺麗な女の子の」
「ここだよ」
そう言って自分の胸を押さえた。
ミーンは首を傾げて意味がわかっていないようだったが、ハロルは構わず衣服を渡した。自分が裸であることを思い出したようで、ミーンは顔を赤く染めた。
いそいそと服を着替える。途中、きょろきょろと周りを見回している。明らかに先程とは違う風景に気付いたようだ。
「えっと、ありがとう。でも、これ、どうやって?」
問いかけが支離滅裂だったが、無理もない。
「虚構術」
「でも、創筆は?」
ハロルがそれらしいものを持っていないのは一目瞭然だった。
「普通の虚構士がやっているのは、事実からなる妄想を創筆によって書き上げるプロセスを経て具現化するんだけど、ボクは頭の中に浮かんだイメージをそのまま物質に吹き込むから、創筆は要らないんだ」
パンを渡した。
「わぁ!」
ミーンの半開きの瞼が少しだけ上がる。まなじりには感動を湛えている。
受け取るなりそれを口の中いっぱいに頬張る。ミルクが入ったコップを渡すと、すぐにゴクゴクと飲み始める。それを見て安心して、ハロルもパンを食べた。
「あ。ねえ、女の子のハロルは、胸に居るの? 出してあげて。きっとお腹が減っているから」
ハロルは聞きながら黙ってパンを咀嚼した。しばらくして、コクッと頷くと自分の額に五指をピタッとつけて目を瞑った。
青白い光が発生したと思うと、今度は銀髪を腰まで届かせた赤い瞳の少女に成っていた。
「わぁ! 凄いね! あれ? じゃあさっきのハロルは?」
「おお! ミーン! 良くなったのか! って、あれ?」
ミーンの回復を喜んだあと、周囲の異変に気が付く。
入り口を塞いでいた岩はなくなり、陽も風も入り込んでいる。衣服も着ているし、なぜか片手にパンを持っている。口に入れる。旨い。
「ミーンがやったのか?」
震えながら聞くと、ミーンはぶんぶんと首を振った。
「ハロルがやったんだよ」
「オレ?」
「男の子のハロル」
言われて、記憶が繋がっていく。男のハロルになっているときの記憶はまったくないが、過去のことを思い出したときに、自分が男のハロルの虚構術で創り上げられた存在であるところに思い至っている。
先ほど自己嫌悪に陥って気を失ったときに、男のハロルが顕現したのだろう。と憶測を立てた。
「結局、オレはにせ——」
「ねえハロル! お師匠さま大丈夫かな?」
兵士たちの会話で、処刑と言う言葉が出ていた。
「師匠、処刑されちまうかも知れない」
「なら助けないと!」
そうだ。今は自分のことを考えている場合ではない。なにはどうあれ、危機は脱したのだ。スーの元に急がなければいけない。自分のことを考えるのはそれからでいい。ハロルはそう言い聞かせて洞窟の外に出た。