少年が目を覚ますと、夜が明けていた。
 なぜこんなところで寝ていたのだろうか。少年は上半身を起こし、周りを見回した。周りには見慣れた木々。自分が住んでいる村の近くだ。
 意識が徐々に明瞭になってくると、今度は匂いに違和感を覚えた。この道のすぐ隣には森がある。木々と土の湿った匂いがするのはいつものことだが、それに混ざって煤と鼻の奥を刺激する臭いがあった。
 村の方を見ると、あるはずのものがなかった。見えているはずのものが見えていない。代わりに煙が上がっていた。

 少年の記憶が徐々に明らかになっていく。

 そうだ。昨日はここで火事があった。そして妹を連れて逃げて居て、村の連中に石を投げられた。

『よくも……! よくも俺たちの村を……!!』

 その言葉が最後の言葉。そこから記憶が途絶している。

(ボクが……村を……?)

 少年はフラフラと池の方に歩いて行った。
 そうして池の水面に自分の顔を映した。傷だらけの顔に煤が付いている。どれだけ考えを巡らせても、どうして自分が村を焼いたのか思い出せない。けれども、明確に村は焼け焦げてしまっている。目の前で両親が家屋の下敷きになったことを思い出す。ドリシエがその向こう側で、笑っていた。底冷えするほど強烈な冷気を放つ笑顔だった。

(ボクがドリシエを焚きつけて……!?)

 頭を掻き毟った。

「ボクが、……ああ! ボクだ! 彼女は悩んでいたのに! クソ! くそくそくそくそ! なにもかも全部遅い! どうしてだ!」

 少年は自分の手を思い切り地面に叩き付けた。皮膚が破れ、血が滲むのにも構わず打ち付ける。何度も、何度も。

「うああああああああああぁ!」

 少年は慟哭を上げた。
 しかし返ってくる声はない。

(ボクなんか、この世から居なくなればいい……)

 心臓は激しく高鳴り、息は荒く体はガタガタと震えていると言うのに、思考は酷く虚ろだった。

(ボクならわかったはずなのに。彼女の気持ちを)

 少女の気持ちを蔑ろにした自分に対する嫌悪が沸々と沸き起こった。

(ボクがドリシエに代われたら、彼女に辛い思いをさせずに済んだのに)

 少年は希った。彼女が救われていたはずの未来を。しかし彼にはそれを嘘に変えるほどの力がなかった。すべてが遅かった。
 頭を抱えて蹲る。

(もう、嫌だ。なにもかも……)

 幼き少年が抱いた自己嫌悪は、あっさりと自分を食い潰した。記憶が、言葉が、意識が、感情が、自分自身が……ぬるぬるとすり抜けて暗闇に落ちていく。

 次に意識が戻ったとき、見慣れない天井があった。
 膜を張った思考の向こうから、呼びかける声がある。

「こんにちは。初めまして。体調はいかがでしょう?」

 スクウェアタイプの眼鏡の奥の双眸が優しげに細められた。小麦畑を彷彿とさせる、やわらかな黄色の瞳。
 黙っていると、温かい手が頬を撫ぜた。

「君、名前は?」

 おぼろげな意識の中、なにもかもが闇に落ちた中で、たった一つあったものを掴んだ。

「……ハロル。ハロル・バードリー」