「師匠! 出掛けんのか?」

 いつもより早起きのスーに、ハロルはルビーのように赤い瞳を輝かせた。

「ハロルも一緒に出掛けるのですよ」
「やったー!」

 ガッツポーズをして白い歯を見せて笑った。

「朝御飯を食べてからですよ」

 ゆったりとしたローブに身を包んだスーは、ダイニングテーブルに置かれたパンを半分に割りながら言った。
 ハロルが椅子に腰かけると、目の前の燻製肉のスライスが乗った板の上に、ふかふかのパンが置かれる。隣にはオニオンスープが湯気を立ち昇らせて、朝日とダンスをしていた。ハロルはパンを一口かじって、しゃべり始める。

「いやー、ちょうど行ってみたかった店があったんだよ。前に買い物に行ったときにすげえ甘くて良い匂いがしてさ。あのときはダメって言われたけどオレが毎日修行に勤しんでんのを見てついに連れて行く気になってくれたんだなあ。師匠ったらわかってるぜ」

 スープを飲んでいるスーに向かって、ハロルは早口にまくしたてた。唇に付いていたパンの欠片がテーブルの上にポロポロと落ちる。

「行くのは学校ですよ」

 トンッ。とスープを置いてにっこりと微笑む。スクウェアタイプの眼鏡の奥の、アーモンド型の瞳が細められた。スーと同年代の女性なら、ため息を漏らしてしまうような美形から放たれた優しげな笑顔だ。しかしハロルが吐いたため息には、落胆の色が付いていた。

「えー、なんだよー、仕事かよー」

 スーは立ち上がって自分の食器をシンクへと運ぶ。

「僕が君くらいの年齢のときにはもう仕事を覚えていたというのに。君ももう13歳なのですから、少しは虚構士(きょこうし)としての自覚を持ってください。それに——」

 指で机のパン屑を摘まむ。

「本気でご褒美が貰えると思っているのなら、相応の行動と言うものが必要ですよ。わかりますか?」

 穏やかな口調に穏やかな表情だが、内心はそうではない。ハロルが6年間の師弟関係の中で学んだことの一つだ。
 ハロルは急いでパン屑を布巾で拭ってから、「それはオレが洗っておくからそのままでいいぜ」と言葉を添えた。

「そうですか? では僕は出掛ける準備をしてくるとします。今日は洗濯しなくていいですからね」

 スーは肩に掛かった茶色の髪を耳に掛けながらそう言うと、階段を上がっていった。

 ハロルは腰まで伸びた銀髪を後ろで結び、シンクの前に踏み台を置いて食器を洗い始めた。大きなため息を吐くと、朝日を反射した銀髪が川魚のように光って踊った。