存外長引いて、とスーは言っていたが、まさか4日間も寝込んでいるとは想像していなかった。その間にミーンは弟子入りを果たしていた。スーが両親を説得するまでもなく、ミーンが納得させていた。もとより両親は、ミーンが夢見子であることを悩んでいるのは知っていたようで、彼女の意思が尊重されるような形になるのであれば、どうあれそれに越したことはないとのことだった。
ハロルの意識が目覚めない間、スーは看病の合間に虚構術の勉強をしていたようだ。スーから貰った創筆で簡単な虚構術なら使えるようになっていたし、古代文字で書かれた書物もほんの少しだけなら読み解いて見せてくれた。
ハロルは感覚で虚構術を使っていたので、勉強のために本を読んだことはなかった。彼女の、段階を踏んでしっかりと勉強をしている姿は、姉弟子としてのハロルの心を急かすものだった。
とは言え、ミーンの虚構術は初歩中の初歩に留まっていたし、妄想力と言った部分での差がそのまま力の差になってしまう虚構士の世界では、二人の力の差は歴然としていた。
「さてハロル。出掛けますよ。準備をしなさい」
「また学校か?」
「いいえ、王宮に出向きます」
※ ※ ※ ※
スーの家があるのはアシオンの端の森だ。王宮はアシオンの中心に在るため、馬車を使っての移動となった。
王宮の門の前に着き、馬車を降りる。ハロルは門を見上げた。スーは同年代の男よりも身長が高いが、そのスーを縦に3人並べても届かない。と、師匠を勝手に定規に使っていた。
しばらくすると門の横の小さな扉が開き、兵士が出てきた。こちらへと勧められるまま、兵士のあとに続いた。
王宮へ続く石畳の横では、兵士たちが土煙を上げながら訓練に励んでいた。その中で一際目立つ兵士が一人。背中まで伸びた青い髪を一本に結んで、身の丈ほどある大剣を振り回している。その剣圧は凄まじく、10メートル以上離れたハロルに風が届くほどだった。肩と胸だけを守るタイプのブレストプレートを着ていて、腹から足まではボディタイツに覆われていた。防御力を犠牲に敏捷性を高める装備のようだった。しなやかなに動く筋肉が、戦士としての練度を窺わせる。しかしハロルがなにより気になったのは——
(女だ)
ピンと張りつめた冷たく鋭い眼光に、美しい顔立ち。それは氷の花のよう。
周りに居るのは男の兵士ばかり。その中で、当たり前のように凛と立っているだけで、胸が空いた。ミーンが見たらなんと言うだろう。綺麗なのにもったいないと言うだろうか。ハロルは自分を彼女に重ねずにはいられない。
知らず、じっと見ていると剣士と目が合った。なんとなく目線を切れずにいたら、向こうからつかつかと歩み寄って来た。
「なにか用か」
ハロルを見下ろして女剣士は冷静な表情を変えずに聞いた。
「あ、えっと、女が兵士って、珍しいなと思って」
女剣士は鼻を鳴らす。
「ふん。奇異の目で見ていたというわけか」
「あ、いや、そうじゃなくて!」
「すみませんねえ、うちの弟子が不躾なことを」
スーが前に出て謝罪を口にした。彼よりも女剣士の身長の方が高い。
(でけえ)
身長だけではない。ハロルの位置から見上げると、ブレストプレートを蹴破らんばかりに主張する暴力的な乳房の膨らみに圧倒されてしまう。
「その腰にぶら下げているのは……なるほど虚構士か。私は、虚構士は好かんのでな」
ガツンと頭を叩かれたような感覚に襲われた。怒りは感じない。寧ろ、束の間ではあるが憧れを抱いた女性に突き放された喪失感が大きかった。それから彼女が踵を返して元の位置に戻るまで、ハロルはなにも言えないで背中を見ていた。
ハロルの意識が目覚めない間、スーは看病の合間に虚構術の勉強をしていたようだ。スーから貰った創筆で簡単な虚構術なら使えるようになっていたし、古代文字で書かれた書物もほんの少しだけなら読み解いて見せてくれた。
ハロルは感覚で虚構術を使っていたので、勉強のために本を読んだことはなかった。彼女の、段階を踏んでしっかりと勉強をしている姿は、姉弟子としてのハロルの心を急かすものだった。
とは言え、ミーンの虚構術は初歩中の初歩に留まっていたし、妄想力と言った部分での差がそのまま力の差になってしまう虚構士の世界では、二人の力の差は歴然としていた。
「さてハロル。出掛けますよ。準備をしなさい」
「また学校か?」
「いいえ、王宮に出向きます」
※ ※ ※ ※
スーの家があるのはアシオンの端の森だ。王宮はアシオンの中心に在るため、馬車を使っての移動となった。
王宮の門の前に着き、馬車を降りる。ハロルは門を見上げた。スーは同年代の男よりも身長が高いが、そのスーを縦に3人並べても届かない。と、師匠を勝手に定規に使っていた。
しばらくすると門の横の小さな扉が開き、兵士が出てきた。こちらへと勧められるまま、兵士のあとに続いた。
王宮へ続く石畳の横では、兵士たちが土煙を上げながら訓練に励んでいた。その中で一際目立つ兵士が一人。背中まで伸びた青い髪を一本に結んで、身の丈ほどある大剣を振り回している。その剣圧は凄まじく、10メートル以上離れたハロルに風が届くほどだった。肩と胸だけを守るタイプのブレストプレートを着ていて、腹から足まではボディタイツに覆われていた。防御力を犠牲に敏捷性を高める装備のようだった。しなやかなに動く筋肉が、戦士としての練度を窺わせる。しかしハロルがなにより気になったのは——
(女だ)
ピンと張りつめた冷たく鋭い眼光に、美しい顔立ち。それは氷の花のよう。
周りに居るのは男の兵士ばかり。その中で、当たり前のように凛と立っているだけで、胸が空いた。ミーンが見たらなんと言うだろう。綺麗なのにもったいないと言うだろうか。ハロルは自分を彼女に重ねずにはいられない。
知らず、じっと見ていると剣士と目が合った。なんとなく目線を切れずにいたら、向こうからつかつかと歩み寄って来た。
「なにか用か」
ハロルを見下ろして女剣士は冷静な表情を変えずに聞いた。
「あ、えっと、女が兵士って、珍しいなと思って」
女剣士は鼻を鳴らす。
「ふん。奇異の目で見ていたというわけか」
「あ、いや、そうじゃなくて!」
「すみませんねえ、うちの弟子が不躾なことを」
スーが前に出て謝罪を口にした。彼よりも女剣士の身長の方が高い。
(でけえ)
身長だけではない。ハロルの位置から見上げると、ブレストプレートを蹴破らんばかりに主張する暴力的な乳房の膨らみに圧倒されてしまう。
「その腰にぶら下げているのは……なるほど虚構士か。私は、虚構士は好かんのでな」
ガツンと頭を叩かれたような感覚に襲われた。怒りは感じない。寧ろ、束の間ではあるが憧れを抱いた女性に突き放された喪失感が大きかった。それから彼女が踵を返して元の位置に戻るまで、ハロルはなにも言えないで背中を見ていた。