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睦月ちひろが事故に遭って入院した。
夏休みまで残り二日となった浮かれムードのクラスメイト達の間で、朝から衝撃にも似たそんなニュースが飛び交っていた。

「ちひろ、大丈夫かな?」
「入院って、けっこうやばいってこと?」
「ちひろがいないとウチらの夏休みの計画ダメになるよね?」

クラスメイト一人の話題でこんなにも全体が不安に揺らいでる様子を見て、僕は率直にすごいと思った。
思えば、『睦月ちひろ』という名前は入学当時から至るところで飛び交っていた。

男子は彼女のことを学年一の美人と言って頬を染め、女子は彼女と友達になりたがり、教師は彼女が叩き出した学年一位の試験結果に今後の期待を寄せて続けていた。

そんな有名人の彼女と僕の接点など、ほとんどないに等しいものだった。
一年のころ、同じ図書委員の仕事で受付の担当が重なったとき、事務的な会話を数回交わした程度のもの。

二年に進級して同じクラスになったとはいえ、二人の距離が縮まったのかと言われれば、まったくそんなことはなかった。

けれど、そんな僕でさえ、彼女が教室にいないということに違和感を覚えてしまうほど、『睦月ちひろ』の影響力というものはすごいものなんだと知らされた。

「ねぇ、みんなでお見舞いに行かない?」
「いいね、そうしよ」
「じゃあ何か買っていかなくちゃ、だよね」
「いつ行く?空いてる日ある?」

彼女といつも一緒にいた女子数人が、さっそく彼女に会いに行くための段取りをつけている。
そんな女子たちを横目に、僕はそっと目を伏せた。