翌日、犯行予定の銀行の情報 を椿から聞き出した。椿は最近毎日その銀行に通って敵情視察をしていたらしい。従業員のシフトから銀行と近隣地域の混雑度までがっつりとリサーチしていた。
 ふと、細い腕に昨日はなかった傷が増えていることに気が付いた。
「転んでぶつけちゃった」
 視線に気づいた椿はそう取り繕った。深追いすべきではないのかもしれないが、ことがことなだけに心配にもなる。
「一人で無茶してないよな?」
「無茶しないとできないこともあるよ」
 椿の返事に違和感を覚えた。椿は無茶をするようなタイプではなく、どちらかというと向こう見ずで色々とやらかす僕をフォローする側だったからだ。
「何で椿がそこまで頑張るんだよ」
 どうして最近友達になったばかりの麗のために人生をかけられるのだろう。
「久しぶりに頼ってもらえて、嬉しかったんだ」
 一瞬の間の後、椿が言った。
「うちの学校、みんな頭もいいし運動もできるから私、落ちこぼれちゃってさ」
 環境が変われば自分が井の中の蛙だったと思い知らされることは多々ある。僕も中学で“勉強もできるガキ大将”から“ガタイだけはいい凡人”に落ちぶれた。
「頑張って追いつこうと思って塾二つ掛け持ちしてたんだけど、 そしたら忙しくて学校行事の手伝いとかも全然できなくて」
「気にすることないだろ。ああいうのは任意参加なんだから」
 椿は努力した自分を誇るべきだ。勉強でも部活でも落ちこぼれた現実と向き合えなかった僕は頑張ることをやめてしまった。周りになめられないように派手な格好をして、 “無駄な努力”をする同級生を見下す無気力な仲間と話を合わせた。
「部活もついていくのがやっとで後輩の面倒も全然見られなかった」
 思い出すのは小学校のサッカークラブの椿の姿だ。男子に交じってかっこよくシュートを決める椿も眩しかったけれど、僕が好きになったのは下級生に優しくサッカーを教えてあげる椿だったのだ。
「自分のことで精一杯で、友達が悩んでても気づけなくてさ」
 自分に余裕がなければ人を助けることなんてできやしない。僕が悩みを抱えている椿に声をかけることができなかったように。
「私って何のために生まれてきたんだろうって、つい考えちゃうよね」
 椿にとっては、誰かのために頑張ることこそが自分らしく生きることなのだろう。自分らしく生きられないことはとてつもなく辛いことだ。
「打ち上げてやろうぜ、人生にでっかい花火」
 これは麗のための戦いであると同時に、椿が自分らしさを取り戻す戦いだと認識した。
「うん。よろしく、相棒」
 椿が笑ってくれた。それだけで僕はいくらでも頑張れる。