罪悪感と後悔を勘違いしているのだと、そういうのならば

 大切なヒトをなくしたとき、大切なものをなくしたとき、落ち込み、塞ぎ込んでしまうのはどうしたって仕方がないことだと思う。実際、僕が今そうだった。僕は亡くなった父からもらったギターを無くしてしまった。あんな大きいもの、一体どうやったら無くなるのか不思議で仕方ないが、でも無くなってしまった。母も知らないという。とても悲しい。そんな、僕にとっては大きな出来事でも、誰かにとっては些細な出来事でしかない日常であることが、実は最も悲しいのかもしれない。


 そんなある日、裏山で不思議な生き物を僕は見つけた。二頭身くらいの手のひらサイズの小さな生き物。小さな手と小さな足があって、腰が少し太って丸くなっていて前身緑で、卵の殻を被ったような格好をしている。


 なんだ、あれ。

 
 ちなみに裏山とは、中学校の街とは反対側の裏側にある山のことである。父を亡くし、母の手一つで育てられている僕は、学校が終わるとよく遊びに行っていたのであった。


 そこで見つけたその小さな不思議な生き物は、なにか急いでいるようだった。影に隠れて様子を見ていると、やがて水の溜まっている洗面器ほどの大きさの桶に辿り着き、縁《ふち》に立ってそして飛び込んだ。びっくりして急いで近づき、その桶を覗いてみるとそこにはもう何もいなかった。


 消えてしまった。


 不思議に、不可思議に思って手を顎に当ててしばらく覗き込んでいると、その時、バランスを崩してしまった。そう、僕も桶に顔を突っ込んてしまったのである。ばしゃばしゃと音を立てて突っ込み、そして同時に吸い込まれるような感覚が。真っ暗な闇の中に放り出され、全身の感覚がなくなったと思ったら、次の瞬間には地面に転がっていた。


 気がついたその世界はどこか別世界であった。


 人間の世界ではない、そういう気がした。


 あの不思議な生き物がたくさんいた。二頭身であることに変わりはないけど、大きさが違う。だいたい手のひらサイズだったのが、今は僕と同じ大きさのように見える。僕が小さくなったのか、彼らが大きくなったのか。どちらにしてもファンタジーな世界に来てしまったのは間違いがないようであった。


 僕は冷静であった。不思議な生き物を見つけたときも、この世界に来たときも努めて冷静であった。取り乱したりすることはない。驚くこともない。いや、驚くべきことが起こっているのはまさにその通りなのだが、声を出したり、騒いだりすることはないということだ。そんなのはみっともない。見るに耐えない。恥ずかしい。羞恥の極みである。


 大切な人をなくしてから、僕はずっとこうだった。どこか遠くから自分を見ているというか、感情の起伏がないというか、子供にしては大人びているというか、悪くいえば気取っているように見えるのかもしれない。それは全て自覚していたし、理解したうえで自分だと思って過ごしてきた。


 だからこうしてファンタジーな世界に足を踏み入れてしまっても、なんとかなるだろうと、どこか楽観的な思いであるのもまた、自分自身である。


 僕は先ほど見かけた不思議な生き物を見つけた。近づいて行って背中を掴み、ぐいっと引き寄せた。


「突然ですまない。君を追いかけてここまで来た。ここはどこなのか教えてくれるか」

「なんだ、お前。人間か? 珍しいな」

「驚きはしないんだな」

「ああ、たまに紛れ込んでくるのを見かける。お前も迷い込んだのか?」

「まあ、そんなところだ」


 人間の言葉、日本語が通じるのはやはり人間世界を行き来していたからだろうか。


「ここは俺たち『カプ』の世界。人間が捨てたものを拾ってきては、それで家を作ったり、使ったりして生活している。こんなんでいいか? ちょっと急いでるんだ」

「急いでるところ悪いけど、でもそれって泥棒ってことだよね?」

「泥棒じゃない。捨てられたものを拾っているだけだ」

「でも法律だと……」

「人間の法律なんか知るか。それは人間にでも当てはめていろ。俺たちには関係ないことだよ、そんなことは」

「わかったよ。教えてくれてありがとう」

「おう、じゃあな」

「ちなみにどこ行くの?」

「国王様のコンサートだ。広場であるんだよ」

「僕も行ってもいいかな」

「良いんじゃないか、別に。無料で誰でも観覧歓迎って書いてあったしな」

「ありがとう」



 こうして僕は『カプ』の世界の広場へ向かう事になった。





  音楽というのは良い。自分の中に好きなだけ正しい音と好きな音を選び、または選ばずに無作為に浴びるように、流し込んでいくように聴く。それだけでいい。難しいことはなにもない。音楽理論とか、理屈とかいらない。余計な知識なんていらない。耳が正常ならそのことに感謝して、思う存分に耳を傾けると良いだろう。きれいな音は心を創り出すし、ロックな歪んだ音はわくわくとした冒険心を沸き立たせてくれる。ピアノの調律された旋律、ギターのストリングス、ドラムのリズム、どれか単品でも良いし、合わさっても良い。人間の作り出した文化の極みだと、たしかにそう思う。音楽は良い。それに尽きる。


 広場はたくさんのカプでごった返していた。中心にはステージが用意されていて、マイクやらアンプやらが設置されていた。先頭の方には到底辿り着けそうにないほどたくさんいて、密集していた。さながらライブやフェスの会場のようである。


「すごい数だな……」

 
 その数に圧倒されていると、やがて主役の登場。国王様と呼ばれるそれはまさに人物だった。不思議な生き物カプとは違い、スタイリッシュで人間的だ。手足が長く、本当にスタイリッシュという言葉がぴったりな人物であった。これまでの不思議な生き物という呼称は似合わない、人間そのものであった。


「みんな今日は来てくれてどうもありがとうー」


 王様がマイクに向かって挨拶をする。大歓声が巻き起こった。それだけで、この王様が信頼されていることがわかる。


 そして王様は説明する。このギターは世界を平和にする音色を奏でる世界唯一のギターです。これは天からの贈り物、奇跡です。と。


 そして王様は演奏をするためにギターを手にした。そしてそれは、よく見ると、僕の父からもらったあのギターだった。フォルム、色合い、ヘッドの傷。間違いない。僕のギターだ。


 僕は強欲にも、しかし当たり前にもそれを取り返したく思った。


 先程のカプを群衆から見つけて声を掛ける。


「な、なあ、カプ。あの王様のギター、あれ僕の無くしたやつなんだ。傷とか色合いとか、刻んだ文字とかが間違いない。なんとか取り返したいんだけど」

「え? なんだ、人間。王様のギターを奪いたいっていうのか?」

「だから、あれは僕の無くしたやつなんだよ」

「無くしたも、捨てたも、どちらも同じだろう」

「違うよ、違うんだよ。きっと、君たちカプが勝手に持っていったに違いないんだ」

「さあ、どうだか……まあ、どちらにしても関係ないね。どうにかするなら、自分でどうにかするんだな。ライブの邪魔はしてほしくないけど」

「そ、そんな……」


 カプはまた群衆へと消えてしまった。たしかにみんなが楽しみに、楽しんでいるライブに乱入してそれを壊すのは罪悪感を覚える。しかし、ギターを取り戻せるのは今しかないとも思える。曲と曲の間、ギターをスタンドに置いたその時がチャンスだ。


 カプの奏でる音楽はわからなかった。王様の音楽はでたらめに近く、そしてその歌もカプの言葉で歌われていたからまるでわからなかった。人間の歌ではないし、人間にわかる歌ではなかった。太鼓の律動や、ギターの音色はわかる。僕はそれを楽しんでいるふりをしつつ、隙を狙っていた。


 曲間、ギターを置いて話し始めた。チャンスだった。エムシーの時間は、アーティストが一番調子に乗って、気分が良くなる時間帯だ。取り返すならばここしかない。


 話が佳境に入り、盛り上がっているその時だった。一人の男が、人間がステージに乱入した。男はそれはもちろん僕だった。その男はギターをかっさらうと颯爽と街へ逃げ出した。王様はナニカ叫んでいたが、人間の言葉ではなかったのでわからなかった。


 すぐに追手が追いかけてきた。王様のものを盗むなどけしからんというわけだ。僕は逃げた。あちこちへと逃げた。ギターをストラップで背に掛けて、背負って走って逃げた。しかし土地勘のない場所である。すぐに詰み、行き止まりにあたってしまった。左右も高い家の壁の塀で囲まれている。後ろも高い塀で登ることも難しそうだ。追手が王手をかけに、そろそろとやってきた。逃げ場はない。どうする。


 僕はギターを取った。さっき歌っていたからチューニングは、一応されているようだ。よし。


 この様子に追手たちも困惑していた。更に向こうからやってきて犯人を見てやろうという野次馬たちも何事かとざわざわし始めた。僕はそれらをよそ見に歌を歌いだした。もちろんギターを弾きながら。


 それは少し前に流行った歌だった。もう懐メロになってしまうのかという残念感と、いつまでも色褪せないでいてほしいという思いを込めて歌った。それは人間による人間のための、人間の歌だった。意味していることはわかるだろう。


 僕はいつも後悔していた。父が生きている間にもっと話しをしていればよかったと、死ぬなんてそんな悲しいことが来るなんて思いもしなかった。本当に来ないでほしいと、そう思う時間もあった。このギターは、やっぱりこのギターだ。手に馴染む。思い出が詰まってる。色々と思い出す。色々と後悔していることを思い出す。僕は、そう後悔しているのだ。おや、どうだろう。それは罪悪感なのかもしれない。自分の父に対する罪悪感。ああ、そうか。僕は後悔と罪悪感とが混ざっているんだ。きっと区別ができなくてごっちゃになっているんだろう。情けない。


 音楽はニ回目のサビを迎えた。カプたちは人間の、本物の人間の歌に涙していた。涙は不思議な感情を生み出し、そして僕の歌と合わさる。当然のように僕も泣いていた。不思議だ。感情的に揺さぶられたわけでもないのに、泣いていた。そしてそこは、やがて不思議な空間となり、そして異空間と成り果てた。歌を終えた僕は一礼して、拍手をもらって、それから再びギターを背負って真後ろにできたその異空間へと足を踏み出した。少し振り返ると王様も頷いていて、多くのカプたちが手を振っていた。僕は手を振り返して、それから一礼した。丸い扉はそこで閉じた。


 不思議な物語はここまでである。気がつくと僕はギターを持ってあの小さな桶の前に立っていた。そして、それからギターを背にして僕は家と足を向けたのだ。


 何事もなかったかのように、僕は今日も家の隅でギターを弾いて日々を過ごしている。もう無くさないように、失わないように。大事に大切にして、そして後悔しないように毎日を生きるのだ。明日死ぬことになっても後悔しないように今日を生きる。


 僕の涙は、決して間違いじゃなかったと証明するために。


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