それから十年。
 社会人になった私は結婚し家を出て、小さな命をお腹に宿した。
 それは、奇跡の連続で繋がった命のバトン。

 こんなに未知で、こんなに怖くて、こんなに痛くて、こんなに震えて、でも、こんなにか弱くて可愛くて大切な生き物を守れることが、こんなにも嬉しいことなんだと知った時。

 命がけで私を産んだ母に、心から感謝したその時。

 年老いた母は、祖母と同じ病に倒れた。そして、救急車で病院に運ばれるまでの短い間、こんな話をした。

「お母さん。私に出来ることは? 私にして欲しいことは何? なんでもするから。なんでも言って」
「そうねぇ。家へ帰って、あなたの今の家族を愛してあげてちょうだい」

 手の届く範囲でいいから。いや、むしろ、手の届く範囲こそを大切にしなさいと。

 不確実で、複雑で、不安定なこの社会で、何かしらの我慢をしたり、辛い思いを経験したり。でも、だからこそ、身近な愛の素晴らしさに気が付けるでしょう。それこそを大切にしなさい、と。


 そしてそれが、母の最期の教育になった。