高校三年生の秋、頻繁に会っていた祖母と会えなくなった。
 「おばあちゃんね、今ちょっと社交ダンスの教室が忙しいみたいなのよ」そう言われ続けて数ヶ月。そうなんだ、と、疑いもしなかった日々を悔やんだのは、大学入学試験が全て終わった冬の日のこと。
 東京でも珍しく慕雪が降るねと、こたつに体を預けていた時だった。

「花奈ちゃん。おばあちゃんの話をしても良い?」
「おばあちゃん?良いよ?」

「実はね。おばあちゃんは秋に、家のトイレの前で倒れていたの」

「……え?」

 平穏だけが流れているはずの空間に流れる突然の知らせだった。

「手術して一命は取り留めたんだけど、ずっと意識が戻っていないのよ」
 私は言葉を失った。

「救急車で運ばれた時はまだ意識があって。その時、『花奈ちゃんには、受験が終わるまで言わないで』ってお願いされたの。それで、言えなくて。今、やっと」

 その足で向かった病院には、変わり果てた姿で病院のベッドに横たわる祖母がいた。呆然と立ち尽くす私に、母は目に浮かぶ涙を流すまいと笑顔を作りながら、祖母の手を握る。

「親が最期にする教育は、自分の死に方を見せることなのよ。おばあちゃんは立派でしょう。私は今、最期の教育を受けている最中なの」

 病院のベッドで身動きがとれず、もう二度と会話をすることの出来ない祖母。聞こえているのか、聞こえていないのか、それすらも分からない耳。それでも母は、冷たい涙を堪えてみせた。