公都クエスタに到着したのは日没すれすれの時間でした。

 それでも先触れが出ていたおかげか、沿道にはたくさんの市民が詰めかけています。

 公女様ふたりの馬車にぴったりとくっつきながら白馬に乗って横を歩く僕たちにも注目が集まっていますが……慣れませんね。

 人の注目を集めることなどいままで一度もありませんでしたから。

「おや、そのご様子ではこの歓迎の勢いに飲み込まれていますな」

「ええ、おかげさまで。もちろん、ふたりを守るための魔法はしっかり張り巡らせてあります」

「ふたり……公女様たちを守る魔法?」

「屋根の上からこちらを射殺そうとしている者たちが何人かいますね。そいつらは見かけ次第、足を切断し立てなくしてありますが……どうなさいますか?」

「……いや、パレード中に調べるための兵を出すのもまずい。終わったあとに調べさせよう。既に呪い殺されているだろうがな」

「同感です。そこまでしてイネス公女様とプリメーラ公女様を戻したくない理由ってなんでしょうね?」

「公太子選だ」

「〝公太子選〟?」

「そう。公王家の子供が5名以上になり、なおかつその全員が10歳以上で参加できる状況であるならば次の公王を決める公太子選を執り行うことができる。いままではイネス公女様が呪いで床に伏せっていたため開催できなかった。だが、このまま公王宮殿に戻れば公太子選が確実に実行されるだろう。そうなれば……」

「イネス公女様が次の公王に指名されてしまうと」

「そうなる。すると、サニ公女がどうわめこうと発言権はイネス公女様の方が絶対的に上。見苦しい真似をすればイネス公女様の命令でサニ公女を処分すらできるようになる。サニ公女にとって、おふたりの帰還はなんとしても阻止せねばならなかったのだ」

「間もなく、大きな門が見えますが?」

「あれが市民街から貴族街へと続くゲートだ。おそらくサニ公女のこと、なにか妨害をしているだろうが、そんな妨害どれほどの意味を持つかな?」

「はあ?」

「君たちはこのままプリメーラ公女様とイネス公女様の護衛だけを続けていてくれ。それではまた」

 実際、馬車が近づいても貴族門とやらは封鎖されたままで動きもしませんでした。

 その間に、群衆の中から飛び出してきた刺客を8人ほど足を止めて動けなくし、転がしましたが全員黒い血を吐いて死んだそうです。

 抜け目がありませんね。

 いまだに暗殺を続けようとする悪あがきをみせる不始末をしながら、貴族門を開けようともしない不届き者たち。

 そこに白い鎧の一団がやってきて僕たち一行と貴族門の守備隊の仲裁……と言うか貴族門の守備隊を一喝し、大急ぎで門を開けさせ始めました。

「申し訳ありませんでした。まさか今日到着するとは梅雨すらず」

「気にすることはない。自分たちも今日到着できるなんて想定していなかった」

「そちらの金の鎧をまとった少年少女は?」

「問題ない。プリメーラ公女様とイネス公女様が直接お願いした護衛だ」

「わかりました。そこで……事切れている暗殺者どもの検分は任せていただいても?」

「頼む。我々だけではそこまで手が回らない」

「では。全員! 街中で公女暗殺をもくろんだ愚か者どもを徹底的に調べ上げよ!」

「はっ!」

 白い鎧の一団が暗殺者どもの検分に行ってしまい、僕たち一行は貴族門を抜けます。

 彼らは一体何者だったんでしょう?

「公国騎士団も早く出てきてくれて助かった。あのままじゃ貴族門の護衛団とも一戦やらなくちゃいけないところだったからな」

「そうなんですか? さっきの白い鎧の一団が公国騎士団ですか?」

「ああ、さっきの白い鎧の一団が公国騎士団、国の命令で動き回る部隊だ。で、貴族門の護衛団は俺たちのことを偽の公女一行と決めつけて剣を抜こうとしていた。剣を抜かれてしまえばこちらも抜き返し倒すしかない。非はあちらにあっても面倒くさいことになっていただろうよ」

「……本当に邪魔ですね。いまでも暗殺者がいますし」

「貴族街でもか。そいつらは?」

「動けなくしてあるだけですが……回収する頃には死んでいるのでは?」

「だろうな。まあ、礼儀として回収はするがそれだけだ。……さて、正面に見えてきたでかい建物が公王宮殿だぞ」

 彼が指さす先を見ると確かに巨大な石造りの建物が建っていました。

 あれが公王宮殿、公王家の暮らす場所ですか。

 今回は入口もすんなり通していただけましたし、内部に入ってからは暗殺者もいなくなりました。

 それでも殺意を向けてくる者どもはいますが。

 やがて、馬車を降りるところまでたどり着くと公女様たちは馬車を降り、僕とリンにも馬を降りて護衛についてほしいということです。

 護衛騎士団の方々とも一度お別れのようですし、僕たちが守るしかないということなのでしょう。

 プリメーラ公女様も小さく頭を下げてきましたし、シエロとシエルには窮屈かもしれませんがもうしばらく馬のフリを続けていてもらいましょうか。

 イネス公女様とプリメーラ公女様に導かれて〝宮殿〟の道を案内されます。

 そこには秋の花で美しく彩られた庭園などもあり、リンを通して様子を見ているはずのローズマリーがやる気を出しそうですね。

 そんな道を歩いていると邪悪な気配を振りまく女がひとり、同じく邪悪な気配に包まれ華美な服装に身を包んだ男どもと一緒に立ち塞がっていました。

「あら、帰ったのね。プリメーラ。それで、その小娘は?」

「あら? ご自分の妹の顔もお忘れですか、サニお姉様。イネスですよ」

 なるほど、この女がサニ公女。

 僕たちを見て呪いをかけようとしていますが、その程度で神眼を破れるとでも?

「はい。お久しぶりです、サニお姉様」

「な、イネスですって!? イネスはもう死んでなければ……」

「なぜイネスが死んでいなければいけないのです? ただの呪いですよ? 優れた解呪薬さえ手に入れば治りますとも」

「そ、そんなことが!? イネスは……」

「それともイネスを呪った呪術師に心当たりでも?」

「そ、そのような者に心当たりがいるはずがないでしょう! それで、後ろの下民どもは!?」

「今回、イネスの解呪薬と治療薬などを譲ってくださったシント様とリン様です。いまは私たちの護衛も務めてくださっております」

「ふ、ふうん。それにしても、下民のくせに綺麗な装備に身を包んでいるじゃない。第一公女のこの私に献上する機会をあげるわ。喜んで差し出しなさい」

 なるほど、この女はジニにいた強欲者どもと一緒だ。

 影に潜んでいる者たちも始末したがっていますし、なんらかの理由をつけて抹殺したいですね。

「お断りします。僕とリンの装備は里のドワーフやその長が丹精込めて作った代物。他人に扱わせるつもりはないですよ。まあ、扱う事すら不可能でしょうがね」

「なんですって!? 私はこの国の後継者! 第一公女なのよ!?」

「たかがその程度、でしょう? まして、この国の後継者、立太子した者は誰もいないと公王陛下から聞いておりますが?」

「……なにを田舎者の分際が!」

 おや、僕たちに本気の呪眼を使ってきましたか。

 僕たちにそんなことをしても大丈夫なんでしょうかね?

「ぐ、ぎゃぁぁっぁあ!」

「サニ公女様!」

「一体どうされました!?」

「おや? どうかなさいましたか?」

「う、うるさい! これでお前の命は……」

「そんなことよりご自分の目を確認した方がいいですよ? 血が流れ落ちて真っ赤に染まっています。ああ、あと髪の毛も一部真っ白に染まっていますね。一体どうされました?」

「ッ!? なんですって!!」

「申し遅れました。僕はシントと申します。僕に呪いをかけようとすると数倍の力で反射してしまうようでして……なにか困ったことがございましたか? もちろん、この鎧などにも破邪の力は宿っているので呪いなどは数倍で跳ね返します」

「な……!?」

「もちろんその傷が癒えることもありません。それで、急にどうなさいましたか?」

「す、少し体調が悪くなっただけに決まっているでしょう! 行くわよ!」

「お、お待ちください! そちらには階段が……」

「え? ぎゃぁ!?」

 ああ、やはりほとんどの視力も失っていましたか。

 哀れな。

 付き添っていた男たちに先導されて階段を上りきり、宮殿の奥へと去っていく姿は本当に見ていて哀れです。

 五大精霊に聖霊までが破邪の力を込めて作った装備品たち、甘く見すぎていますね。

「あ、あの。サニお姉様はずっとあの調子なのでしょうか?」

「目からの出血は……そうですね、明日の昼には止まるでしょう。視力も多少は戻るはずです。ですが、聖霊の力を持ってかけられた破邪。どのような方法でも戻りませんし、補助具を使っても目が見えるようにはなりませんよ」

「そこまでする必要は」

「あら、イネス公女様。あれだけの破邪の力が働いたということは、それだけ強い呪いをかけようとしたということの裏返しよ? 自分の愚かな行為で身から出た錆、受け入れてもらわないと」

「でも、あのサニお姉様のことです。シント様を逆恨みしてなにか仕掛けてくるかも」

「そのときはまたお相手いたしますよ。さて、公王陛下へ帰還のあいさつをなさるのでしょう? 急がないと」

「は、はい!」

「愚か者の姉がご迷惑をおかけいたしました」

 さて、公王様に対するごあいさつですか。

 やり方は習いましたがうまくできるでしょうか?