〈日記・津田 久史〉

【4月1日】

 私の生きた証として、昌美さんへの感謝を綴ることとする。ここに記すことに嘘偽りは無いと誓う。

 昌美さんは、夫の幹夫さんを4年前に病気で亡くした。傷心の末、老人ホーム《たんぽぽの里》に入居したという。

 私も同じく愛する妻を亡くした身だ。病の発覚からたった半年。あっという間だった。
 なぜ今日も朝が来てしまうのだろう。目が覚めてしまうのだろう。何度もそう考えてしまうほど孤独になった。

 そんな私も気休め程度に《たんぽぽの里》に入居した。介護士さんとの囲碁に、ほんの少しの励ましを得ていた頃。

 トントントン。トントントン。

 台所から、野菜を切る包丁の音色が聞こえた。まな板で奏でる一定のリズム。目を瞑る。心の柔らかな場所が波打つ。

 「みなさん。晩ご飯の支度が出来ましたよ。いらして下さい」
 そして私は、昌美さんに出会った。 
 料理が得意な昌美さん。はにかみながら皆の名を呼ぶ昌美さんに、出会った。

 見つめ合った8秒間。
 息が、出来なかった。

 それからというもの私たちは、食事を共にしたり、囲碁をしたり、互いの伴侶の話をしたり。《たんぽぽの里》で、そうだな、本当にたんぽぽの里にいるような、とにかく静かで平和な日々を過ごした。

 「久史さん」「昌美さん」
 そう名前で呼び合う瞬間が愛おしくて、幸せで。

 ああ、こんな老いぼれがそんなことを書いて、恥ずかしいことだろうか……。
 それでも私は、朝、太陽と共に目が覚める自分をもう一度好きになれる。そう思うことが出来たんだ。
 
 しかし神様は残酷だった。
 昌美さんは認知症を患い、少しづつ、少しづつ、いろいろなことを忘れていった。
 私のことも忘れていった。
 
 それでも、幹夫さんのことだけは、覚えているようで。私のこともたまに幹夫さんだと勘違いをしているようで。
 そう、それが彼女にとって何よりの幸せなんだ。

 昌美さん、どちらかが命尽きるその日まで。
 いや、命が尽きてもきっとあの世で。
 互いの伴侶に怒られるかもしれないが、きっとそれも幸せな瞬間だろうから、怒られながら4人でたくさんの楽しい思い出を作ろう。

 昌美さん、私の声が届いていますか。本当にありがとう。